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内田樹「今の政治から失われた『人間的なつながり』の厚み」 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

14コメント 登録日時:2019-04-17 07:35 | dot.(ドット)キャッシュ

  哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。*  *  * 大阪のダブル選と府議市議選が終わり、維新が圧勝という結......

Twitterのコメント(14)

へえ〜〜〜〜〜〜

>私のかつての岳父は自民党の国会議員を5期務めた人だ

〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)
「古来、政治では、政策そのものの当否よりもそれを提案する人物の信義や器量が重んじられた。だから、激しい対立が、領袖同士の対話で一夜にして和解に至るということがしばしばあった。その風儀がほぼ失われたのである」
国会中継を見て「人間は対話ができる」と感じ、対話から未来を描いている国民は何人いるのだろう。
〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

今の政治から失われたものがあるとすれば、それはこの「立場は違うが、人間は信じられる。仮に敵味方に分かれても対話はできる」という人間的なつながりの厚みだと思う。
"今の政治から失われたものがあるとすれば、それはこの「立場は違うが、人間は信じられる。仮に敵味方に分かれても対話はできる」という人間的なつながりの厚みだと思う"
失われたのは政治からだけじゃないなと。
今の政治から失われたものがあるとすれば、それはこの「立場は違うが、人間は信じられる。仮に敵味方に分かれても対話はできる」という人間的なつながりの厚みだと思う。
厳しい。▶︎今の政治から失われたものがあるとすれば、それはこの「立場は違うが、人間は信じられる。仮に敵味方に分かれても対話はできる」という人間的なつながりの厚みだと思う。
〈AERA〉
古来、政治では、政策そのものより、人物の信義や器量が重んじられた。だから、激しい対立が、領袖同士の対話で一夜にして和解。

その風儀がほぼ失われた。
最も重要な原点
安倍・麻生にはその信義がない
うん、それはあなたの周りが左翼シンパばかりだからだよね?→内田樹「私の周りには橋下府知事以来の大阪維新の業績を評価する人が一人もいないからである」
"この体制の永続を願う人たちが大量にいて、私がその人たちと出会わないというだけのことなのである。

しかし、考えてみるとこれはかなり深刻な話である。そこまで支持者と反対者が排他的に対立して、その間に「行き来」がなくなっているのである。"
「立場はちがうが、人間は信じられる。仮に敵味方に分かれても対話はできる」。この人間的つながりの厚みが、いまの政治から失われている。内田樹さんの警鐘が重い。
市民と野党が、立場をこえて共同することは、この厚みを復活させ、大きく育てていくことでもあると思う。
内田樹さん。/古来、政治では、政策そのものの当否よりもそれを提案する人物の信義や器量が重んじられた。だから、激しい対立が、領袖同士の対話で一夜にして和解に至るということがしばしばあった。その風儀がほぼ失われたのである。そのことの歴史的意味は…重い。
以上

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