ネット論客がインテリから相手にされない理由 - 道徳的動物日記

ツイッターのコメント(13)

一部の学者らが出版社に御田寺の記事の掲載やめろと要求したという伝聞が「真実なら、その学者たちの要求や反応は最悪だ。」「表現の自由という基本的権利の侵害である。」という記述があるが、違和感がある。学者が出版社の生殺与奪の権を握ってるわけではないでしょう。
著者はインテリ(≒大学教員)に対する信頼感がすごいんだけど、その前提が無い人には説得力ないやろ。吉野家騒動見ても、今の大学に学問の自由があるように思えないんだよな。まあ、いわゆるネット論客が学術のお作法を満たしてないというのは同意するところもありますが。
わたしは御田寺より面白い文章が書ける人間ではあると自負しているが、彼の本のほうが売れているっぽいことに嫉妬を感じていなくもないことは認めよう。なので、みなさん『21世紀の道徳』も買ってください〜
先日の論争?を見てないとサッパリな話ですが。
自分の興味に対して好き嫌いで語るのは自由だと思うんだけど、どうしても優劣を付けたい人はいるようだ。出されたご飯は全部食べよう。でもならビュッフェでいいじゃない感。
インテリだのアカデミックだのえらそうなこと前からはなしているけど、一定レベル以上のマスキュリズムの前には相手にされないんじゃなくて、「できない」だろう。

そこをごまかさないで欲しいな。
ネット論客側からすれば、インテリに相手されないのはむしろアドバンテージでしかなさそうな。
タワマン師匠を名指しで信者ビジネス野郎呼ばわりしてて草。彼の著作はつまらないし読んでも得るものがないとまで言ってる。やはりケンカこそネットの醍醐味よ・・・(儲からないけど)
記事のタイトルを変えました。
この方の書いたものはごく最近読み始めたので、判断材料に欠けるが、「キャンセル・カルチャー」への忌避と、ミソジニー界隈の批判とが両立するかという命題に果敢に挑まれていることには注視してしまう。
信頼できますよね、ライスさんは
以上
 
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