たけしと何が違うのか――コントで勝負した志村けんは、最後の世代の「喜劇人」だった | 文春オンライン

3月29日、コメディアン・テレビタレントの志村けんが、新型コロナウイルスによる肺炎のため死去した。70歳だった。25日にコロナウイルス罹患・入院の報道があってからのあまりにも早い逝去に動揺する声が、メ...

ツイッターのコメント(17)

コメディアンなのか、マルチタレントなのか。
これがしっくりきた。志村けんは画面の向こうのキャラクターみたいなもんなんだな。そこにあるはずなのに消えちゃったから喪失感がすごい。追悼番組見ても面白かった

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どちらも、私生活でもカッコヨイ、粋だと思わせる行動とるのは共通してる。
面白い記事🌸
うちは、変な人=自分の世界を持っている人。が好きなのでマルチな人よりも一芸に長けた人の方が好きだな。欽ちゃんとか志村けんさんみたいな方がいいな😊

たけしと何が違うのか――コントで勝負した志村けんは、最後の世代の「喜劇人」だった(文春オンライン)
全く実感がわかないというか、いまだに現実として認識できてない
この記事で言う著名人の「人間性の奥行」ってもんが、近年ちょっと鬱陶しく感じる。それを武器にしなかった志村さんの在り方も、表現の世界のプロフェッショナルだからこそと思うのです。
何かスっと入ってきた。
偉大な方を失うのは悲しい
ちゃんと見て考えて得なければ…
ビートたけしと比較して、たけしは俳優、作家、映画監督などと「漫才師として認知された自身のイメージをどんどん多重化させていった」としているが、古河ロッパも編集者、俳優、作家、批評家だよ。
こんなときに比較とか野暮な記事だねぇと思ったら文春だったw
まー野暮の総本家だよなww

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なるほど。だからして何故か今でもあまり実感が湧かないんだ。。
ミッキーと同じ存在って事なのだな。
「彼は80年代以降のたけしのような「メディア・スター」ではなく、70年代までの「喜劇人」の最後の世代の人だった。メディア上で自らの人間性の奥行を商品にすることを、志村はしなかった/できなかった」
文春オンラインにて、先日亡くなられた志村けんさんについての記事を執筆しました。彼がどんな「キャラクター」として在ったのかを、同世代のメディア・スターであるビートたけしさんと比して考えました。TVOD『ポスト・サブカル焼け跡派』と連続する観点で書いています。
たぶん、この記事が一番的を得ていると思う…。
以上
 
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