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「哲学のない時代は不幸だが、哲学を必要とする時代はもっと不幸だ」――哲学者・國分功一郎インタビュー #2 | 「哲学」の時代 | 文春オンライン

42コメント 登録日時:2017-07-09 15:20 | 文春オンラインキャッシュ

世界中が不安定な時代に、哲学に求められるものとは何か。話題の書『中動態の世界意志と責任の考古学』を出版し、ますます注目を集める哲学者・國分功一郎さんのロングインタビュー後編は大テーマ「哲学とは何か」に…...

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私が私自身と一緒にいることを「孤独(ソリチュード)」と呼び、私が私自身と一緒にいられないがために、他人をもとめてしまうことを「寂しさ(ロンリネス)」と呼ぶ。とてもよい定義。
《アーレントは、私が私自身と一緒にいることを「孤独」と呼び、これを、私が私自身と一緒にいられないがために、他人をもとめてしまう「寂しさ」と区別している》
この対談を読んで共感したのは、経済が悪いと意地悪な人が増えるっていう話。人様にあれこれ言うのはよくないことだけれど、最近顔つきのいい人を見かけることがめっきり減ったと思う。
國分功一郎さん「僕の唯一の希望は若い人たちですね。若い人たちの訴えに答えたい。それが僕の仕事だと思っています。」

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自分より10歳も若い学者が「若い人たちの訴えに応えたい」と言ってるのを見るだけで微笑ましくて希望が湧きます。
「孤独と寂しさは違う」…永井均先生の参加なさっている「仏教3.0」という本では、これを「孤独」と「断絶」と呼んでた。:「哲学のない時代は不幸だが、哲学を必要とする時代はもっと不幸だ」―哲学者・國分功一郎インタビュー
私が私自身と一緒にいることを「孤独(ソリチュード)」と呼び、これを、私が私自身と一緒にいられないがために、他人をもとめてしまう「寂しさ(ロンリネス)」と区別しています。孤独な人は必ずしも寂しさを感じるわけではないということです。
「哲学は常に問題を考えているんです。突きつけられた問題に応答しようとしている」という論理から、タイトルへとつながる。>
ちなみに文系学問はとても大事だと思います。でも受験勉強だけしてた大学1年生とかに突然教えてもあんま意味ないんだよね。まずは死ぬほど考えたり悩んだりする課題をぶつけないと。自分の頭と手足で模索して、抽象的な概念は初めて頭にスッと入る。
かつて西田幾多郎が哲学の動機は人生の悲哀と言ったが、きっと今の時代が悲哀に満ちているのだろう。
これオススメされた本、暇と退屈の倫理学の著者。
哲学はちょっとだけ触ったことがあるので気になって読んだら、この人の本を読みたくなった。
文中は
哲学の在り方。
哲学と時代の移り変りとその背景。
教育。
戦争なのよ、今は。一人でも多く知の銃や肉体を求められる。哲学は不要で思想だけが独り歩きする
「孤独においてこそ、人はものを考えることができるのであり、哲学もそこに立脚している。」
| 文春オンライン
“国が駄目になっていく時って、意地悪な人が増える” / “(4ページ目) | 文春オンライン”
「哲学する訓練は、仕事をする上で役に立たないわけがない」「国が駄目になっていく時って、意地悪な人が増える」。いいインタビューだ。
いまこそ哲学が街へ出なければいけないんだと思う。大人がしっかり哲学する必要性というか。

それはけしてアーレントがどうとかプラトンがどうとかデカルトがどうとかを知ってるかどうかということではなく、...
あーこれは面白い記事。一気に読んでしまった。今ちょっと脳がオーバークロック気味なので少し落ち着こう。
自分と対話するのは孤独,他者をもとめるのが寂しさ,複数人でやるのは政治./「哲学のない時代は不幸だが、哲学を必要とする時代はもっと不幸だ」――哲学者 @lethal_notion インタビュー
問題があるから哲学が必要になる。デザイナーが哲学に触れた方がいい理由はここにある気がする/
一読を進める良記事だが、賛成できない部分もある。文系廃止は教養の必要性に対する無理解という部分だ。國分氏は教養の例として(続)
>アーレントは、私が私自身と一緒にいることを「孤独(ソリチュード)」と呼び、これを、私が私自身と一緒にいられないがために、他人をもとめてしまう「寂しさ(ロンリネス)」と区別しています。孤独な人は必ずしも寂しさを感じるわけではない
(国が駄目になるときには)「イヤな感じの人が増える。」
面白い。
途中の意見は違えど、意外に結論は同じなんだな

哲学が流行ってるのは知らなかったが、言われてみれば確かに哲学が求められるのは嫌な兆候
いやあ、良記事ですねこれは
文系学部廃止論の問題は、短期的な視点でしか物事を考えられなくなっていることの証拠/
「人間とは何か」とか「時間とは何か」とか、哲学は漠然とそんなことを考えているんじゃないんです。哲学は常に問題を考えているんです。突きつけられた問題に応答しようとしている。――哲学者・國分功一郎インタビュー
ここ数年読んだ本でダントツに刺さった「暇と退屈の倫理学」の作者國分さんのインタビュー記事。連載ものだが全部読んでほしい。ちょー面白い。 / 「哲学のない時代は不幸だが、哲学を必要とする時代はもっと不幸だ...
いまの政府もそう考えてると思う→「今の時代に必要なのはこの2つ[徳と勇気]かもしれないって本気で考えています」
しっくりきた!→“哲学というのは問題に対する応答であり、その副産物として、時折、真理が発見されると考えれば良いと思います”/
「自分自身といられないがために他人を求めてしまう」「複数人でやるのは政治で、政治と真理は違う」なるほど。 / “ | 文春オ…”
立憲主義、権利、主権が脅かされている。いま必要なのは徳と勇気だ。「おかしいと思ったら、おかしいと言う。……間違っていると声を上げる。それが勇気。」國分功一郎
"文科省が文系学部廃止の方針を打ち出したというニュースは海外で非常によく知られていて、海外にいくと「あれは本当か?」とよく聞かれます。日本人は全然自覚していないんですが、それだけインパクトのあるニュー / “「哲学のない時代は不…”
良いインタビュー/今の時代に必要なこと――“徳”と“勇気”
國分功一郎さんのインタビュー。「立憲主義、権利、主権」の危機を語る。「近代」は決してデフォルトではく容易に後退しうるもの。その対抗策として、「徳」と「勇気」というある意味では非近代的な基軸を提示するところが興味深い。
うお、これは神回。國分先生による、いま哲学者が考えるべき3つの問いとは?→
「「ツー・イン・ワン」って言ってるんですが、ものを考えるというのは、1者の中での2者を経験することである、と。」⇒
問いをたてる力が注目されるなかでの哲学再考。 /
哲学者・國分功一郎インタビュー 何も信じられなくなってしまった時代に、デカルトの哲学が生まれた 「哲学のない時代は不幸だが、哲学を必要とする時代はもっと不幸だ」
哲学者・國分功一郎さんです🤗「哲学のない時代は不幸だが、哲学を必要とする時代はもっと不幸だ」です🤗――哲学者・國分功一郎インタビュー 🤗ぜひご覧ください✨文春オンライン
以上

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