古文・漢文“不要論”めぐり議論沸騰…問われる、中学・高校で必修にする意味と必要性

19コメント 2021-05-04 07:07|Business Journal

ツイッターのコメント(19)

日本人なら
触れる必要はある

自分達が何者なのか
理解しなくて良いのか?

どうやって外国人に
説明するのか?

国際人なんて
人種や国なんてない

何がしたいのか?

日本を
京都で育ったせいか、私自身は枕草子や日本の和歌が大好きなので個人的には残念な気もするけれど、学校で学ぶ古文って日本の古典作品を子どもたちから遠ざける結果にしかなっていないような気がするので学校教育からなくしてもいいんじゃないかなって思う。
種として必要な変化だと思う
最早、将来の子供たちの損失でもなく、現在の若者の教育成果が他国に遅れている現実があり、それは無視できないところ迄来てる。まずそこを認識して欲しい
結構昔から私が若い子に言っている事なんですが、学校というのは勉強するところではなく、「勉強の仕方」を覚えるところなのでしょうね。
ゲームで言えば、攻略本を書く能力を鍛えるところ。
「そうやってわからないものを排除していくと、その人が出合う文献や知識はどんどん限られて貧しくなり、当然騙されやすくもなります。読めないものに出会う体験はそれを防ぐ、という意味で人生が変わってくるということなんです」

古文・漢文“不要論”めぐり議論沸騰…
「たかだか10代のうちに学んだことで、一生やっていけるなんて、そんな虫の良い話はない。それよりも本を読めるようになっておけば、あとは独学で様々なことを学んでいくことができる。この『本を読める』の中には、自分の誤読に気付き、自力で修正する能力も含んでいます。」
知人に東大出のイクラ周りの人がいるんですが、免除は持ってても基本的な日本文化を知らないから
どこにリソースを投入するか。

「知っておいた方がいい実用的な知識というのはたくさんあるんです。ただ知識というのは更新するもので、時間がたつと陳腐化するんですよ」
御説ご尤もだとは思うけど、そういう学習体験を今の日本の教育機関のほとんどは提供できていないから理想論ベースで生徒児童の有限のリソースの使い途を縛るのはやめたほうがいいと思う。
#家でも松ヨビ
興味深い知見でした。ご紹介しておきます。
それはちょっと違うよ、という話をこのインタビューではしました。

正直言うと「ああ、もったいない。人間たちにその価値が分からないなら、サルが拾っていくよ」という気持ちです。
…正気で言ってる?あのさ、「言語」というのは「文化」なんだよ。自分たちが「いかなるルーツで文化を育んできたか」というのは「アイデンティティ」にも繋がるんだよ。だからね、それを「奪う」には「言語を教えない」のが一番なんだ。
…戦時中の教育は知ってるよね?
>文章というものは基本的に読んだら理解できるものなんだと無自覚レベルで信じています。でもその「信仰」は、理解できない文章を排除することで成り立っている

この部分の意味すらろくに考えない人って結構いるんだろうな。
昔瀧本哲史先生もツイートされていたと思うけど、必要/不要の二元論ではなく、限られた教育資源をどう配分するかという優先度の問題なんですよね。その観点からすると、「全員必修」を擁護するのはやはり旗色がやや悪いかなと個人的には思います。
「古文漢文なんて使わないんだから不要にしろ」とはまるで思わないけど、それはそれとして、『生活保護、失業保険等の社会保障の取り方』『宗教』についてはちゃんと教えるべきだよなあ。
A)競争を勝ち抜く為の学問と
B)生きる為の学問の違い
A)だけだとより選民化へ、単一思考になりがちで
B)は現競争には不利、だが未来の温故知新が?
で今此処が文化(何でも多様性でscrap&build
人性の破壊へ
要するに最終は”心”への回帰
此処への縁はABどちら?
どっちもの筈が
【読書猿氏】


>“書き言葉を読むことなんて誰でもできる”という勘違いは、“ちゃんとテキストを読めることがどれほどの力を持つものか”を想像できなくさせていると思います。
以上
 
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