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小池寿子が紐解く「死」の表現史──巨人の肩車に載って私たちは何を見るのか|美術手帖

15コメント 2020-07-04 08:14 | 美術手帖キャッシュ

新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちと「死」の距離を急速に縮めた。しかし歴史を遡れば、疫病による死が身近にあった時代は幾度も訪れている。とりわけ14世紀のペスト禍は、ヨーロッパの人口の3分の1とも言われる膨大な犠牲者を生んだ。そうしたなかで、人々はどのように「死」を芸術に表現してきたのか? また、その西洋の死生観には、どんな変遷があるのか? 中世美術の研究者で、ペスト後に隆盛した主題「死の舞踏...

ツイッターのコメント(15)

南條さんの話で初めて耳にしたダンス・マカーブルとは、「死の舞踏」と言われる骸骨が踊る図像。メメントモリやヴァニタスとも繋がる。
そしてマカーブルの由来に迫る小池寿子さんの「死者たちの回廊」を手に取った。1347年のイタリアの港町メッシーナに始まったペストの話。
真面目な記事なんですけど中盤で初めて出会った『デカメロン』のインパクトが強すぎた。
なかなか長いエッセイで

わたしには理解出来ない部分もあるのですが

美術に関わる方々が「死」や「カタストロフィ」をどう捉えているかを知る、面白い内容でした

アートと死は、やはり、切っても切れない関係なのですね。。
確かに、コロナ禍で一つの歴史が終わろうとしている感はすごくある。特に娯楽は、ひとつの大きな区切りができそう。
"歴史という巨人を知れば知るほど、私たちはその知恵の蓄積の上に立って、先々を観、予見することができる。未来を知るためには過去を知るに如くはない。"
知性が飛び跳ねてるような美しい文章
尊敬する、大学の先輩の一人。旧きアートから見出せることがあることを教えてくださる。
小池寿子さんの論考。「栄枯盛衰、衰退と興隆を繰り返すのが歴史の必然なのである。それをしかと見定めることこそ肝要なのであって、むやみに「ルネサンス」という特殊用語は使わないに越したことはない」。とてもいい記事。勉強になります。
帰ってきた「寿子さんの屍体狩り:コロナバージョン」ということで、こういう記事がBTに載るのは重要ですね!
小池寿子「『人間状態の悲惨(人間の悲惨な境遇について)』とは、ロタリオ・ディ・セニ(教皇インノケンティウス、在位1198年~1216年)という教皇権の確立に絶大な権力を発揮した人物の著作だ。」
小池寿子が紐解く「死」の表現史──巨人の肩車に載って私たちは何を見るのか 新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちと「死」の距離を急速に縮めた。しかし歴史を遡れば、疫病による死が身近にあった時代は幾度も訪れている。とりわけ14世紀のペスト禍は、ヨーロッパの人…
「死の舞踏」に関する著作でも知られる小池寿子先生に寄稿をお願いしました。すさまじく濃い内容です。
シリーズ「コロナ禍と芸術」:
小池寿子が紐解く「死」の表現史──巨人の肩車に載って私たちは何を見るのか
小池寿子先生の特別エッセイです。コロナ騒動が始まった際、真っ先に脳裏を過ぎったのが、小池先生の専門でもあるペスト後に隆盛した主題「死の舞踏」でした。それについて書いてほしいと依頼すると、西洋の死生観をめぐるまさかの歴史エッセイが…! 勉強になります。ぜひ。
以上
 

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