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内田樹氏によるホ・ヨンソン詩集『海女たち』の書評に異議を表明します - ASANOT BLOG / アサノタカオの日誌

2020年5月2日の西日本新聞に、内田樹氏によるホ・ヨンソン詩集『海女たち』(姜信子・趙倫子訳)の書評が掲載されました。その内容に異議を表明します。以下は出版元にて本書の編集を担当した立場にある、しかしながらあくまで一個人としての見解です。 個人や組織を非難・批判する内容ではありません。また、コロナ禍の大変な時期に書評掲載にご尽力いただいたすべての皆様への感謝...

ツイッターのコメント(133)

感想屋さんの初感想が炎上してるの見てコレ思い出した。
この「事件」ってのも、頼まれて断れず、嫌々書評書いて起きたんじゃないか?
内田樹の書評の最大の問題は「存在しない記憶」というところじゃないか
この方の内田樹評はいたって的確。内田氏のようないい加減なリベラル保守マウンティング開陳おじさんに期待して権威にしてしまうのはもうやめたい。
2020年5月2日の西日本新聞掲載の許榮善詩集『海女たち』の京都精華大学 人文学部 内田 樹 客員教授の書評がなんと編集担当者から異議を唱えられる。
>東日本大震災の裁判でも資料をまともに読まず思い込みで後援会を各地で行ってきた何をを話しても迷惑な大学教員なのです。
内田樹氏の西日本新聞書評について、担当編集者が怒り狂って長い抗議文を書いていた。書評の原文を読んでみたのだが、この編集者がなんでここまで腹を立ててるのか意味がわからん
私の内田樹とその信者が嫌いな理由が言語化されていた…
昔からこの繰り返し。敏感だったのは三島だけだろ。内田樹的言論が安倍を生んだ元凶だろ。>
ぷはははは
責任ある言論人として内田氏に必要だったのは、「何も知らない」ゆえに書けないないのであれば書評の依頼を断ることでした。(抜粋)
憤る気持ちはわかる気がするなあ
こりゃ酷い。社会運動でこのオッサン担ぐのいい加減やめろとしか言いようがない。
〝書評〟と称した「適当なこと」を書き飛ばす〝思想家〟も、それを麗々しく掲載するような新聞も、どちらも「終わっている」としか申し上げようががございません。
内田樹が一度でも「自分はニュートラルで公共的に書く人間です」と言ったのか(言ったかもしれんが)。彼は仮構的にでも「身内」になる人に宛ててしか書かないのだ
痛烈

〈社会制度が抱える諸問題を所与のものとして追認したうえで現状分析と未来予測の言説を次々と繰り出し、「市民」や「知性」などの用語によって代弁されるあるポジションに安住したいと願う一定数の大衆=ファンの関心を集める、権威主義的ポピュリスト・エリート〉
出版界の端っこに
身を置いた者として

内田氏の所業には
絶句せざるを
得ませんでした。

▶️内田樹氏によるホ・ヨンソン詩集『海女たち』の書評に異議を表明します。| BLOG|アサノタカオの日誌
西日本新聞に掲載された内田樹氏による書評について。ひでえw⬇️

>率直に言って一語たりとも読むべきところのない内容
>800字という限られた文章量の半分以上、控えめに計算して全57行中42行を、対象となる本ではなく《自分語り》に費やす文章を《書評》とは呼べない
自分語りで字数のほとんどを稼ぐという提出期日の前日夜に大学生がレポートでやるアレを、お金もらって書評でやるやつがいたらしい
書評を断るべきだったというのがすべて。書評できない、書評に値しない案件は断るべきというのが、書評の基本中の基本。
内田樹の書評が燃えているらしいが今さら感。
書評を依頼することがある立場として、考えさせられた。内田先生に依頼したくなる気持ちもわかるのでいっそう。アサノさんの文章、内容も言葉も素晴らしいです。
こ,これは…編集者が怒るのも当然だろう。内田樹には知的営みにおいて必要な誠実さの欠片もない。
〈なによりもまず《他者の書物の内容を評する》という最低限の作法を守り、議論の責任を果たすことが必要です(当たり前のことを書いています)〉
内田氏の思想家や仕事人としての器量が推し量れる逸話だなー。
「批評での自分語り」について。自分の批評がそういうのと並ぶときがままあるので日頃マジでふざけんなよと思っている
何事かと思ったらこういうことだった。なるほどこれはひどいな……。
怒りを冷静かつ緻密に論述していて感動した。この箇所はとても正確な指摘と思う。

「「市民」や「知性」などの用語によって代弁されるあるポジションに安住したいと願う一定数の大衆=ファンの関心を集める、権威主義的ポピュリスト・エリート」
“思想家を名乗り、マスメディアという公的な場で書評という枠組みで語るなら、好意的であれ批判的であれ、なによりもまず《他者の書物の内容を評する》という最低限の作法を守り、議論の責任を果たすことが必要です(当たり前のこと)” >内田樹の書評に異議を表明します。
言ってる人もいるけど、「書評」、ロキノン文体ってやつですね、本当に。
これ、無関係な内田氏に依頼した新聞社?を批判すべき内容なのでは。
"「市民」や「知性」などの用語に長いあいだ安住できなかった女性たち、母たち、肉体労働者たち、反乱者たち、在日コリアンを含む離散民たち、歴史のなかで居場所をもたなかったものたちの声を現在において探求するような批判的な営みにはきわめて冷淡なのだと思われます"
こういう書評、たまに見かける。
安請け合いしたけど書きあぐねたのだろう...
韓国の詩集である『海女たち』についての内田樹の書評の内容に、担当編集者がキレてブログで意義を表明するという異例の事態

本の内容を都合よく自説にこじつけたりしたのかな?と思ったら、めちゃくちゃ基本的なことで怒られていた。

確かにこれは「書評」とは言えない。
「800字という限られた文章量の半分以上、控えめに計算して全57行中42行を、対象となる本ではなく《自分語り》に費やす文章を《書評》とは呼べない、と私は考えます」
内田樹の書評がボロクソに批判されているが、ずっと前からブロックされているし、内田樹のお粗末さは分かっていたから今さら改めて述べることはない。
組織の主義で読者ファストにできないものと、ご都合主義な怠惰で読者ファストでないものがある。
ボロクソでワロタ。内田、この前も朝日新聞の対談のお値段が下がったことについてツイートしてたな
受けた側にも問題はあるが、編集側の問題が1番深刻だった。
「権威主義」の悪影響は重い。
「文章量の半分以上、控えめに計算して全57行中42行を、対象となる本ではなく《自分語り》に費やす文章を《書評》とは呼べない、と私は考えます」
駄目な書評だ。でも、評としては成立する。先例もある
「異議を表明」「どのような気持ちに」「くやしい気持ちでいっぱい」といった心情はわかる。私が作者や編集者だったらがっくり来る
しかし、書評に賛辞、批判、紹介、納得は不可欠ではない。どれもないと失敗しやすいだけ
たしかに、テキトーに書いちゃった感がある。本と向き合わず、敬意も払わず、渋々書いて、800字を無理やり埋めたのがモロにわかってしまうから、殴られたような気持ちになっているのでは。西日本新聞はカットもせず、よく載せたよ。書評を大事にしてる社ならたぶん載せない
書評批判なんて聞いたことないわ笑
劣化止まらぬ知の巨人・内田某と一見鋭い記事で定評ある西日本新聞コンビの「馬脚露わになるぅ」お笑い事態。政治的斬り込みで得意顔の連中にありがちな間抜けぶり。かの者たちは野合好きで美意識を欠き憎悪を隠し持つ。まるで朝日やん笑
内田樹氏の書評は率直に言って一語たりとも読むべきところのない内容、と。→
内田氏はリベラル的な思想をもつ人文学者でありながら天皇主義・保守主義を掲げています/権威主義的ポピュリスト・エリートです。
5月上旬の異議表明が、ツイッターでは一ヶ月も見過ごされてきたのか…
この内田樹書評への抗議/批判、 内容は妥当なのだが、冒頭の〈出版元にて本書の編集を担当した立場にある、しかしながらあくまで一個人としての見解〉なんて存在するだろうか??〈担当編集者として言わせてもらう〉ではないのか?と疑問が残った
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