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上野千鶴子の祝辞は「俺達の理論」を奪った

社会学者の上野千鶴子が東大入学式で述べた祝辞の内容がネットで話題になってる。俺は自分のTwitterのTLでたまたまこの祝辞が回ってきたので軽い…...

ツイッターのコメント(31)

「支えあって生きてください」という言葉から、上野氏は「そういうひとびとを助けるために使ってください」という部分を、「そういうひとびと」を「慮る」とか「憐れむ」という意味で言っているのではないと思う。>>
言い訳が潰されて良かったですね。 /
…いや、なんていうかこういう感想が出てくるの賢いとさえ思うんだけど何気なくそういう感想が出る環境で生きてきたのかなって
東大生だって社会に出たら理不尽の嵐にさらされるわけですが、やはり文中の「恵まれない人々」などの言葉遣いに「視点のありか」、つまり上野氏がどこをみて話しているか、を感じてしまった人もいたのではないかと。
なんのこっちゃと思ったけどなるほどな。
これについては大杉君も書いてくれたが、小坂井敏晶『責任という虚構』の最終章に底辺層がもっとも引き上げられるところまで再分配を国家が理想的に行ったら、何が起こるのか?という思考実験がある。
なるほどこういう理屈で反論するパターンもある訳やな。どちらかに依って手放しで納得するということの難しさを感じるわ
いやあなた相当に教養あるあるよ
ここにはなんかあると思うんだけど、それがなんだかよくわからない。
「俺達の理論」と さんの主張が一致するのは当然だよな。社会学は階級が再生産される仕組みを研究したりするから、「環境が…」というのは社会学では常識になってる。またアンダークラスの生の声も調査するので「俺達の理論」がどういうものかも知られてる。
面白かった。内容の是非じゃなくてね。人間って複雑だなあ。環境に苦しめられたのも事実、でも逃げ道にもしてるってことだよね。あけすけな本音に感じられて興味深い。
東大に入れるから、謙虚になるとは限らない。片山さつきみてればわかるでしょ。だからこそ上野千鶴子氏の祝辞は意義があったし、環境による結果については学問でもデータが出ていて、俺達の理論でもなんでもないよ。 /
上野千鶴子女史の祝辞について、当初私は批判的であったがこれを読んで考えが変わった。
私もこれからは”俺が”の”お”を捨て、”おかげ”の”お”で生きる、報われない人々への憐れみを持った謙虚なエリートとして生きようと思う
これはすごい
名文ではないか。。。
揚げ足取り未満の自称東大生増田よりもよほどちゃんとした反論だった >
本当に恵まれてる人たちの大半は自分が恵まれた環境にいることをよく知っていて、煽ったり傲慢なことは言ったりしない。人を蔑む必要はないから。それが富で人生の余裕があるってことだよ。 /
まったく意味が分からない(笑)
(上野みたいなゲタ履いたヤツらが偉そーに上から憐れんでると)彼らが自分達を「たまたま環境と能力に恵まれた者達」だと自覚しそれを理由に俺達を憐れむ社会なんて地獄だ /
高卒で勉強しなかったと言うくせにすげえ文章書くんだな。ま、「謙虚になること」と「憐れむこと」はちがうんだけどね。
エアプ低学歴 /
へぇとしか感想なかった祝辞を何日話題にしてるの君たち…。ただの祝辞だよ?暇なの? /
発想が飛躍してる面もあろうが、わかりみのある文章だった。
成る程。上手い。
ダウト。これは月2000円のおこづかいを漫画と牛丼に費やした高卒男性が書く文章ではない。漢字の変換ミスすらない、句読点も妥当。
もしかしたら就職後に文章の勉強をした人??ほぼありえないと思うけど。
"彼らが自分達を「たまたま環境と能力に恵まれた者達」だと自覚しそれを理由に(低学歴の)俺達を憐れむ社会なんて地獄だ"

別に謙虚になる=上から憐れむじゃないし。最初から最後まで卑屈な人だなって印象しかなかった。
謙虚になれも憐れめもバイアスがそう解しているのであり、実際読み取りの次第は委ねられてる。曲解を疑わずに流されるがままの論評は、突き付けられたものを反射しているだけだよ /
こちらも考えさせられる。
考えさせられる文章。>
プライドって大切ラジねぇ。
以上
 

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