「盗んだバイクで走り出す」に熱狂していた若者

45コメント 登録日時:2019-02-11 21:00 | はてな匿名ダイアリーキャッシュ

「盗んだバイクで走り出す」「夜の校舎窓ガラス壊して回った」言わずもがな尾崎豊の歌詞の一部である。今の子供たちにこんな言葉を言ったらど…...

Twitterのコメント(45)

「オッス オラ 極右」に通じる何かを感じたw
「理不尽な規則や体制に対するやり場のない憤り」を忘れてしまった今の若者の方がよほど恐ろしいね。多くの人はバイクも盗まないし窓ガラスも割らないけど、「社会に対する怒り」は確かにあった。戦わない人間はつまんないよ。>
いやいや、みんな盗んだバイクで走り出した訳じゃないだろw
それくらいやさぐれたい時もあるよねっていう話だと思っていたのだが(世代ではないが)
フィクションを字義通りにしか受け取れない奴は想定外の事態が起こると狼狽えるだけで使い物にならないからなぁ。
本当に歌詞読んだのか?読んでその感想ならやばいな
内容とあまり関係ないけど今だったら盗んだバイクの動画や写真をtwitterにアップして炎上ですね
結局はネットが普及しきってるかどうかの差だけで今のガキも昔のガキも変わらんのよね内容と関係ないけどw
言いたいことはわかるけどもね。
ただ熱狂はしていたけど、バイク盗んだり窓ガラス割ったりが許容されていたわけではないのよね。欲求や鬱憤を描いた作品に熱狂してただけで。ってその精神がダメってことなのか。じゃダメか。
(そうなのか)今の子供たちにこんな言葉を言ったらどういう反応をされるだろうか。大半は見向きもしないだろう。床に擦り付けた唐揚げを揚げるカラオケ屋と何が違うの、とすら思うのかもしれない /
ちなみに「盗んだバイクで走り出す」映画を作った小林勇貴監督は平成生まれ
この歌詞をこのパターンで批判する人いるけど、映画やドラマでの犯罪に比べて、歌詞では文字どうりに真に受ける人多すぎ。
普通に読解すれば、「バイク盗んで楽しいな」「バイク盗もうぜ」って歌詞ではない。
あの頃若者だったおっさんだけど、レベッカとかバービーボーイズとかPSY'Sとか岡村靖幸とか好きだったんで尾崎豊は全然聞いてなかったなあ。没後偶像化したイメージがなんとなくある。 /
熱狂してたのは一部で、ほとんどの人は冷ややかな嘲笑交じりの目で生暖かく見てたような気が。「そんなに学校とか先生がすきなのかよ」って感じ。普通はわざわざ夜中に学校なんか行かないし。 /
チャゲアスに殴りに来られちゃった人 尾崎にバイク盗まれた人(佐々木あらら)

尾崎豊の熱狂的なファンってクラスに3人ぐらいな印象。でもカラオケ行くと尾崎かチャゲアスを歌うやつが多かったので流行っていたのかも。
今の時代はシャブ中で人気でるひとはいないだろうな
今のvtuberくらいのプレゼンスだと思うよ。時代の一端に刺さって象徴してるけど、そんな広く代表してないし多くがコミットしてる訳でもない /
60年代はみんなGSに熱狂し、70年代はみんなフォークやニューミュージックに熱狂した、と思い込んでる人はどれくらいいるんだろう。/
80年代の歌だけど70年代に校内暴力で荒れてた時代あっての歌かなと。あとメジャーシーンへは死後からの印象が強い子供の頃の記憶。
いうほど熱狂してないよ。当時を知らないやつが何いってんの笑
世代じゃないのでわからないけど、にしても尾崎豊ばかりネタとして弄られる印象。90年頃の家庭教師は「撫でちゃいたいかい?僕の高層ビルディング」なんて言いながら村会議士のご令嬢に手を出していたのかって話。 /
定期的に話題になるので定期的に主張したい。「盗んだバイクで走り出す」ことで「自由になれた『気がした』」歌なのよあれ。あんなの自由じゃなかったねって、バカだった15の夜を振り返る歌なのよ。
僕も中学生の頃は尾崎をただのDQNwwwwってバカにしてたけど少し前ぐらいから大人社会への子供が打てる数少ない反抗の手段って捉えるようになってから、メッセージ性はわりと好きになった
尾崎存命の頃の伊集院光のOH!デカナイトを聴くと尾崎とそのファンに対してかなり冷ややかな対応しているのが分かる。今思えば「盗んだバイク」も「夜の校舎窓ガラス」も記号だったからとは思う。 /
尾崎豊が実際に盗んだバイクで走り出す実力行使に出て説得力を失ったなんて聞いたこと無いんだけど、それどこの世界線の話?何歌おうが歌ってるだけなら主張してるだけのはずなんだが。 /
尾崎豊の歌詞って実のところめちゃくちゃナイーブで、ヒャッハー的なノリでは全然無かったりして、だからこそ共感を呼んだんだと思うけど /
そういう層もいたということだろ。少なくとも思春期に何かをやらかしたいという気持ちは今も昔も変わらんのでは?それが昔は窓ガラス壊すとか盗んだバイクとかだっただけで。 /
「盗んだバイクて走り出す」熱狂するパワーがなくなった代わりに、引きこもりや不登校が増えたような気がする。社会を管理するには今の方が楽だぎどっちが健全なんだろう。 /
締付けが厳しいわけでもない中学の卒業式で尾崎の「卒業」歌ってる奴見たときは、何だコイツらと思った /
尾崎豊と同じ65年生まれだけど、中学時代に校内暴力の嵐がありその反動で高校時代は厳しい管理教育が流行り始めて閉塞感が強かったんだよ。臭い歌詞だと思ったけど違和感はなかったな /
若者だけじゃなくて、「近所の悪童に比べれば尾崎はかわいい」「まあガキンチョならそれくらいの悪さはするわな」と温かい目で見ていた今よりちょっとワイルドな大人の存在があった。 /
歌における歌詞、映画における演技、それらが反社会的だとしても、それらにそのまま憧れていたわけではなく、歌詞や演技から伝わる情熱みたいなモノに熱狂していたんだよね。
バカッターと尾崎は同じじゃないかという問題提議。尾崎はヤンキーではない格好でヤンキーの心を歌ったが、じっさいの実行部隊はヤンキー。バカッターの気持ちを代弁できたのが、尾崎に相当するね。 /
ポリコレ論争って性表現とか差別問題で活発になりがちだが、ナに「盗んだバイクで」も「窓ガラス壊して」もポリコレ問題の一種さ。/本居宣長『歌の本体、政治をたすくるためにもあらず、身をおさむる為にもあらず』 /
そんなことを真剣に言ってる方が逆に心配だw …ってのは置いといて、それこそジェームズ・ディーンとかからの系譜かもな?とふと。ジェームズ・ディーンも今の感覚だと理解されなそうだし »
唐揚げを床にこすりだす~(盗んだバイクで走り出すのリズムで) / (213 users)
そんなときは東邦生命ビルから夕陽を見るのだ。 /
これに付いてたコメントの
「盗んだパンツを被りだす」
を見て笑ってしまいましたの。(^ ^)
死んで何年も経つのに、今なお批判の俎上に載る歌詞をつむぎ出した尾崎豊の詩作の鋭さを、この増田は逆説的に補強する。そんな歌手はそういない。良し悪し好き嫌い別に、皆が忘れた時に彼は真に死ぬのだろう。 /
ちょうど世代だったので好きだった。どっちかというと後期の楽曲の方が好きだが。「KISS」「ロザーナ」「きっと忘れない」「風の迷路」あたり。 /
尾崎豊はいいけど、ファンはヤバいと思ってた。たまにそういうアーティスト出るよね。個人的にイメージするのは浜崎あゆみ、倖田來未、EXILEあたりか。ヤンキー受けするって言うの? /
いまの米津玄師氏やBUMP OF〜のような位置だった。デビュー時に新しさがあったんだよ。そこがゴッチャになってるレイトマジョリティは当時も冷ややかだったって思うみたいけどその時点ではもう古かったんだからな。 /
伊坂幸太郎が小説の中で書いている通り、心揺さぶられてもバイクを盗んで走りたいとは微塵も感じてないんだよ、みんな。
できないから憧れるのよ。本当にやってる人には「盗んだバイクで走り出す」と心の中で思ったならッ!その時スデに行動は終わっているんだッ!て言われるだけの歌詞だよ /
別にバイク泥棒やれと煽ってたわけじゃない。学校の閉塞感に苛まれ、でもバイク盗んだり窓ガラス割る勇気もない生徒たちにあの歌は刺さったんだ /
で、実際当時は夜の校舎窓ガラス壊して回ってた連中はいたわけで、だから「2次元エロには被害者はいない! フィクション無罪! フィクションと現実の区別が!!」とかの主張に説得力を感じないのですよ。 /
地方の成人式とか見てると、まだまだ熱狂する若者は結構いるんじゃないかしら。まあ大半は見向きもしないだろうというのには同意できるものの、残りのうちのさらに三分の一くらいは。 /
バイク乗りには嫌われる歌です。 /
以上

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