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八幡氏への反論:歴史学者のトンデモ本への向き合い方 – アゴラ

145コメント 登録日時:2019-03-06 17:12 | アゴラキャッシュ

八幡氏への反論:歴史学者のトンデモ本への向き合い方 / 『週刊ポスト』2019年3月15日号に掲載された歴史小説家・井沢元彦氏の『逆説の日本史』(以下『逆説』と略す)第1218回は、「井沢仮説を「奇説」「歴史ファンタジー」と侮辱する歴史学者・呉座勇一氏に問う」というものだった...

Twitterのコメント(145)

呉座勇一<八幡氏への反論:歴史学者のトンデモ本への向き合い方> で紹介
『日本国紀』はネトウヨのボスが集めてくれた デマ/妄言集なので現代歴史学の正当な知見を重ね見ておくのは強力なネトウヨへの対抗ワクチンです
目次がNo.のみだったのでサブタイ付にしてます
なんつか、ここで紹介されている「こはにわ先生」のブログを読んだが、呉座先生とか今を生きる研究者が戦うべきは小説家どもではなく昔の教科書(1960-80年代の)の誤りではないかと思えてくる。あえて昔風に表現するならば、歴史学者は過去の誤りを総括してない。
『トンデモ本は正しいかどうかを気にせず「面白ければ良い」と書き散らすので、大量生産が可能…一方、トンデモ本の誤りを指摘する側は正確さを重視してきちんと調べなくてはならないので、トンデモ本を書く何倍も…』
呉座先生の静かに怒ってる文章。それでいて反論を丁寧に述べているのは、さすがは今をときめく歴史学者。
トンデモ本は正しいかどうかを気にせず「面白ければ良い」と書き散らすので、大量生産が可能である→
こんな事を書いてしまう呉座氏恐るべからず。>「残念ながら八幡氏にも、歴史学界を攻撃して自分を大きく見せたいという思惑があるように見受けられる」
@AbeShinzo 『日本国紀』の細かい事実誤認、不正確な叙述、不親切な説明などを一つ一つ数えていくと、100を超える。この点については細かく検証しているブログがあるので、ぜひご参照いただきたい。

アゴラより
なぜ「歴史学者は世間知らずの専門バカ」と侮辱するような歴史本に読む価値がないと断定できるのか。
「専門バカ」だとしても、歴史学者は作家よりも遥かに多くの史料を見て知っている。歴史学者と有益な情報を入手
完膚なきまでに叩き潰す反論の見本。
「歴史学者にとってトンデモ本との戦いは、ゲリラと戦うような「非対称戦」であり、同じ土俵に上がってしまっては延々とモグラ叩きに付き合わされて、こちらが疲弊するだけなのだ。したがって「こういう姿勢の本はダメ」という括り方をしないと歴史学者に勝ち目はない」
呉座 勇一氏:トンデモ本への向き合い方

”『誰それのこの説にはこういう問題点がある』と淡々と書けばいいだけ”なのに、「学者はバカ」などと罵倒してみせるのは、”「権威」である歴史学者を徹底的にこき下ろした方が、読者が痛快に思い、本が売れるからである。”
池上氏にパクられたと言ってたY氏か・・・(どっちもどっち?)。相手にしても仕方ないのでは。Y氏の本に誤謬(その日時にその人がそこにいるはずがない!)があると史料をもとに指摘したことがあるけど返事がない。明石先生の本に誤謬を見つけた時は丁寧なお返事があったけど。
これは過去のデマと対決した人々の苦労や、原田先生の江戸しぐさの批判、今展開中の呉座先生VS一部の歴史小説家をみればわかります。
延々と泣き言を。それはまとめブログがあるから見ろだの反論してももぐらたたきできりがないだの。効果的な「つかみ」の一つもない。百もあるなら一つくらい書け。それを見せろ。専門ばかというより単なるばかだろ。
「歴史学者はバカばかり」と罵倒し、歴史学者を徹底的にこき下ろした方が、本が売れる。「要するに過剰に歴史学者を攻撃している人は、本心では歴史の真実の探求などどうでも良く、、」。 >呉座勇一
「トンデモ本は正しいかどうかを気にせず「面白ければ良い」と書き散らすので、大量生産が可能…一方、トンデモ本の誤りを指摘する側は正確さを重視してきちんと調べなくてはならないので…何倍も手間がかかる…批判しているうちに、別の…が次々と刊行されてしまう」
@zeong_dictator
ちなみに最近また呉座さんが例のトンデモ本などについてコメントされてて、かなり納得しました。
逆説の云々から近現代史アレコレ、今は原発や沖縄基地、はたまた皇室から政界の裏話的なものまで、陰謀論やトンデモの相手することの徒労感って半端ないんだろうなぁ、と(^_^;)
"

関係ないけど,大学の中世哲学の先生が「哲学研究者は生涯に1冊単著を書き上げることができればExcellentだ」と言っていたな.
デマ一般に言えることだよね

<トンデモ本の誤りを指摘する側は正確さを重視してきちんと調べなくてはならないので、トンデモ本を書く何倍も手間がかかる。あるトンデモ本を批判しているうちに、別のトンデモ本が次々と刊行されてしまう>
「「権威」である歴史学者を徹底的にこき下ろした方が、読者が痛快に思い、本が売れるからである」
トンデモ本の誤りを指摘する側は正確さを重視してきちんと調べなくてはならないので、トンデモ本を書く何倍も手間がかかる。あるトンデモ本を批判しているうちに、別のトンデモ本が次々と刊行されてしまう。> / – ア…”
「「こいつバカだな」と思ったことが一度や二度はあっただろう。では八幡氏はそれを口に出し、露骨に見下しただろうか。」←もっともだが、今は内閣法制局長官ごときが国会の場で国会議員を揶揄するアベコベの時代。 /
@agora_japanよ← 呉座勇一氏が、八幡和郎への反論の中で、改めて井沢元彦を批判しています。
「『週刊ポスト』2019年3月15日号に掲載された歴史小説家・井沢元彦氏の『逆説の日本史』第1218回は、「井沢仮説を「奇説」「歴史ファンタジー」と侮辱する歴史学者・呉座勇一氏に問う」というものだった」
そりゃ売れたら官軍、なんていってたら相対性理論とか金払って読む(読める)人間がどれだけいるんだってなる。よく売れる本というのは得てしてアホでも読めるからにすぎない。
井沢元彦氏は所謂学者バカに対し1つ1つ丁寧に具体的な批判を加えたから何十冊の著作になった。一方これをトンデモ本と批判する側の呉座勇一氏は「1つ1つ具体的な批判は著作が多いから無理」って言っちゃってる。これじゃ判断はできないな。
「歴史」しかり「宗教」しかりで、面白ければ出鱈目でも良い・売れれば正義・権威をこき下ろす痛快感を求める、といった連中が(特にメディア人に)多すぎるので、こういう記事あるとホッとする。
呉座先生「過剰に歴史学者を攻撃している人は、本心では歴史の真実の探求などどうでも良く、炎上商法であろうと本さえ売れれば万々歳と思っているのだ。歴史研究より商売の方が大事という姿勢の人間が書いた本に価値があるはずがないではないか」

何とも爽快な書きっぷり👏
確かにトンデモ本を書く人間の中には酷いのも居ますね…(^_^;)

ただ私は郷土史家が挨拶に差し出した名刺を目の前で二つ折りにした著名な学者も知ってるので、姿勢に問題のある学者もいると思います。
この構図、分かるわw 基地祭や駐屯地祭、或いは式典等で現職自衛官に蘊蓄たれる軍事ヲタ。一言でウザイ。
「歴史学者にとってトンデモ本との戦いは、ゲリラと戦うような「非対称戦」であり、同じ土俵に上がってしまっては延々とモグラ叩きに付き合わされて、こちらが疲弊するだけなのだ」ですよねー。お疲れ様です。
『 』
南京事件も関東大震災時の朝鮮人虐殺も、例えば本能寺の変と同じ歴史的な事実。これを否定する者たちは、過去の事実を確かめるために歴史学者がどれだけ厳密かつ慎重な姿勢でいるかを知らない。
くだらない。
「歴史研究より商売の方が大事という姿勢の人間が書いた本に価値があるはずがないではないか。」
せや。
歴史学者はあまり「仮説」を書きちらすべきじゃないと思うねwwwwww。
どれだけ証拠を並べても「仮説」は書いた人の想像でしかないからw。
<トンデモ本との戦いは、ゲリラと戦うような「非対称戦」であり、同じ土俵に上がってしまっては(略)疲弊するだけなのだ。したがって「こういう姿勢の本はダメ」という括り方をしないと歴史学者に勝ち目はない。> /
呉座くん頑張って〜
個人的には「○○はバカ」と書いて(言って)読者(聴衆)にそれを信じさせ論敵を貶める事に成功すれば、議論の本質に関係なく議論に勝利できるという要素もあると思うんだよね
中傷は低コストで勝利する有効な手段
これはすばらしい!
嗚呼、Gのレコンキスタ(笑)
要するに「歴史学界にケンカ売ったんだから容赦なく頃す。徹底的に頃す」
ということだな(笑)
惜しい人を…ナムナム
呉座勇一とやらはよくこんなバカ丸出しの文章を発表できるな。「歴史学者のボクチンをバカにするなー」って小学生か?やはり井沢の言う通り、歴史学の世界にはこういう未熟な感性の輩が多いのだろうな
八幡氏の記事をたどりましたけど、この人日本国紀の本出すんですね。呉座先生に絡むのも自己PRとかマーケティングみたいなものなのかな?
私は呉座さんに一票。「トンデモ本との戦いは、ゲリラと戦うような「非対称戦」であり、同じ土俵に上がってしまっては延々とモグラ叩きに付き合わされて、こちらが疲弊するだけ」は至言。
なによりも、八幡さんは呉座先生に謝罪したのかな?何を高みの見物決め込んで審判みたいに振る舞ってるんだ?
昭和の内にホンカツとかに対して同じような事言うべきだったし、小和田哲夫みたいに歴史的真実より政治性優先ってやつに歴史学者を名乗らせていた事の反省から初めないと駄目だろ。
「「権威」である歴史学者を徹底的にこき下ろした方が、読者が痛快に思い、本が売れるからである…歴史研究より商売の方が大事という姿勢の人間が書いた本に価値があるはずがないではないか」
その通りすぎ(^-^;
とても丁寧にバッサリ斬られてる

歴史研究者は研究対象に似てくると言い切った呉座先生を相手どるなんて、戦に全国駆け回り敵の首取りに行く中世武士を敵に回したと同じだと思う
「要するに過剰に歴史学者を攻撃している人は、本心では歴史の真実の探求などどうでも良く、炎上商法であろうと本さえ売れれば万々歳と思っているのだ。歴史研究より商売の方が大事という姿勢の人間が書いた本に価値があるはずがないではないか。」

納得!
メモ
"要するに過剰に歴史学者を攻撃している人は、本心では歴史の真実の探求などどうでも良く、炎上商法であろうと本さえ売れれば万々歳と思っているのだ"
「歴史学者にとってトンデモ本との戦いは、ゲリラと戦うような「非対称戦」であり、〔…〕「こういう姿勢の本はダメ」という括り方をしないと歴史学者に勝ち目はない」。勝ち負けの問題なんだろうか……。/
ネット番組やSNSの投稿等を観たり、読んだりしていて『此の言説は本を売る為のものか??』と時々思う事がある。
当該筆者の言う様に、私達は、論者がどの様な専門分野に属するかは棚上げして、問題の是々非々で学ぶ姿勢を持ちたい‼️
寄生虫に対しても「健闘をお祈りする」呉座さん/
呉座先生におきましては、本当にご苦労様です
「中世史の常識を覆した」学者による極めて常識的な反論。読むに足るのはこっち。
:
つまり、トンデモ本書く奴はひとくくりにしてバカとしないとキリがないということか。
"井沢元彦氏の『逆説の日本史』第1218回は、「井沢仮説を「奇説」「歴史ファンタジー」と侮辱する歴史学者・呉座勇一氏に問う」というものだった。"
私は井沢氏の「奇説」「歴史ファンタジー」が楽しくて読んでるんだけど、井沢氏はそういうつもりではないの!?
「専門家が見落としてることを素人が指摘する」ということはあるにはあるだろうが、寡兵で大軍に勝つに似て例が少ないのは当然。
歴史学会だけでなくどこでも同じ。
会社員経験の浅い者が会社員を揶揄罵倒してるのしょっちゅう目にしてるし。
「残念ながら八幡氏にも、歴史学界を攻撃して自分を大きく見せたいという思惑があるように見受けられる。」
呉座先生は多忙なんだから、イザワもヤハタもヒャクハゲもくだらないことで、先生を煩わせるんじゃないよ。
ただ「斬った」のではなく、「斬って捨てた」ですね、これは。

>歴史研究より商売の方が大事という姿勢の人間が書いた本に価値があるはずがないではないか。
いまは正統な学者をいい加減な知識や感情論で論破する反知性主義が流行しているんだよね。努力せずに学者先生たちを叩けるんだからウケがいいわけよ。ジャンプ漫画ですら特訓などの努力が流行らない時代。 /
>「権威」である歴史学者を徹底的にこき下ろした方が、読者が痛快に思い、本が売れるから
まさにこれだろうな。
〈歴史学者にとってトンデモ本との戦いは、ゲリラと戦うような「非対称戦」〉〈歴史研究より商売の方が大事という姿勢の人間が書いた本に価値があるはずがない〉——手加減に甘えるからとうとう秘孔を。
《百田尚樹氏の『日本国紀』の細かい事実誤認、不正確な叙述、不親切な説明などを一つ一つ数えていくと、100を超える》
《トンデモ本は正しいかどうかを気にせず「面白ければ良い」と書き散らすので、大量生産が可能》
デマやトンデモを拡散する手間と、それに対抗して反論する手間にはとてつもない不均衡があるのは本当に悔しいところ。
トンデモ本に対する所が的確過ぎるw
それをやってのけた人はやっぱりすごかった
私は井沢元彦の『逆説の日本史』の愛読者だが、呉座さんの意見はもっとも。あくまでも井沢氏は小説家なので、読者も学術的に捉えない方がいい。百田尚樹は言うまでも無い。司馬遼太郎も史観でなく、小説だ。
ニセ科学批判バッシング、冷笑系、表現の自由戦士などの揶揄表現とだいたい同根やな。
さすが頭いい人が書いた文章って感じがする。
まあこれぐらいの権威主義は無いと世の中回らないという話ではある。 /
「過剰に歴史学者を攻撃している人は、本心では歴史の真実の探求などどうでも良く、炎上商法であろうと本さえ売れれば万々歳と思っている」いろんなジャンルにこの手の売れればいいって人がいて害を垂れ流している。 /
- @agora_japan ゲッベルスが言ったでしょう。扇動は一文で出来るけどそれを正すのは数十倍の努力と証拠が必要と その上正すに時間が掛かりすぎる。
「トンデモ本は面白ければ良いと書き散らすので、大量生産が可能」
「歴史学者にとってトンデモ本との戦いは、ゲリラと戦うような非対称戦」
「歴史研究より商売の方が大事という姿勢の人間が書いた本に価値があるはずがない」
イチ歴史好きではあっても読む時間も資金も限られるわけで、残念ながら本は厳選せざるを得ない。興味分野の他、著者、書評や内容が判断基準になるわけです。井沢本については著者、百田本については、著者、書評、内容で判断して対象外になるのは、今の私には必然なのです。
そもそも費やしてる時間が違うんだよ、作家と学者では。だから正しさで勝負せず、専門バカとこき下ろすしかない。愚かなことだよ>
「経済学は現実にそぐわない、経済学者は世間知らずの役立たずだ」と主張する人と対話した感想もこれに近い。
「歴史学者にとってトンデモ本との戦いは、ゲリラと戦うような『非対称戦』であり、同じ土俵に上がってしまっては延々とモグラ叩きに付き合わされて、こちらが疲弊するだけなのだ。」
まあ言及先の氏は歴史以外でも普通にアレな人だからなあ。現政権に浸透してる連中といいこの人といいあの人(複数)といい、通産省・経産省というのはアホの養成機関か何かなのか。 /
呉座先生がトンデモ本読後に抱かれる徒労感は感染症や公衆衛生がご専門の先生方に最も共感して頂けるのでしょうなあ、と思いました。医療デマと同じように相手は反則技を使い放題ですからね.
もちろん正論なんだけど、今は個別研究が凄まじい精密さを要求されているから、結果として視野の狭い「専門家」も大勢いるような感じがする。例えば日本史研究者の場合、語学力の欠如から欧米の歴史学の潮流を追えない人は多いのではないか。
八幡氏への反論:歴史学者のトンデモ本への向き合い方(呉座雄一)

《井沢氏の公開質問状に対しては『週刊ポスト』誌上で回答する予定であり、それを読んでいただければ私の真意は八幡氏にも伝わると思うが、事前に一点だけお伝えしておきたい。》

くるぞ…。
呉座さんお疲れ様ですシリーズ
粗雑な駄本を量産している、元官僚というだけで何の専門家でもない八幡和郎センセにつける薬、的なコラム。
井沢氏への反論(週刊ポスト掲載予定とのこと)のついでに呉座氏は、「日本国紀」がらみで以前から絡んできていた八幡和郎氏にも反論していて、「トンデモ歴史本との戦いはゲリラと戦うような非対称戦」なので、個別具体的な反証でなく「姿勢」を総論で批判するしかない、と。
この辺の話で思うのは、創作なら創作で結構なのに、なんでこの手の人は歴史の真実とか言いたがるのかしらんと。100%創作としても、読者にウケれば創作としては十分じゃないのと思うけど、それで満足できないって事は、創作者として評価されるのは不本意ってことなのかねと。
呉座殿、此度八幡殿の定宿アゴラを襲撃なされ候。“人斬り呉座”の異名に納得致し申し候。
>つまり歴史学者にとってトンデモ本との戦いは、ゲリラと戦うような「非対称戦」であり、同じ土俵に上がってしまっては延々とモグラ叩きに付き合わされて、こちらが疲弊するだけなのだ
確かに(笑)
<トンデモ本の誤りを指摘する側は正確さを重視してきちんと調べなくてはならないので、トンデモ本を書く何倍も手間がかかる。>
<「権威」である歴史学者を徹底的にこき下ろした方が、読者が痛快に思い、本が売れるからである。>

どんどん盛り上がってきました。
いい文章を書く人はユーモアを忘れない。しかも真綿で首のおまけつき。逆説の...は途中まで面白く読んだけど、なんか変なこと言ってんなという記述が増えて脱落。いたずらに曦新聞を腐すのも飽きたし、「怨霊」「朱子学」の乱発で、立ち読みすらしなくなった。
うーん。
小気味好い♪
八幡氏も官僚時代、同僚にこいつ馬鹿だなと思われてたりしてな。
←こんなくだらない連中を相手にする時間があれば呉座氏には研究や新著の方に時間を割いてもらいたい。
井沢元彦は読者ウケのために歴史学界にケンカを売ったとした上で、「健闘をお祈りする」と一蹴。

役者が違うとは、よく言ったものね。
一つだけいうと、これはアゴラに書くべきことではない。むしろアゴラなんぞとは絶縁すべき。/
歴史でも医学でも「トンデモ」は雨後の筍の如し。
有象無象がわんさかわんさか。
ホモ・サピエンス・サピエンスが滅びるかホモ・サピエンス・サピエンス・ナントカにならない限り向き合い続けなければならないだろうね。
いたずらに煽ってきた相手に真顔で相手の顔面に正確に拳を叩き込見続けて沈黙させるが如き文章。すごいね。 /
実はこれ呉座勇一先生の影響である。

「在野の歴史研究者に門戸を開いている研究会は数多く存在する。歴史学者の過半は元・歴史好き少年なので、歴史好きには概して優しい。」
おお!ワシもいけるやん!勉強したい!
至言ですね。呉座勇一さん。

「歴史学者にとってトンデモ本との戦いは、ゲリラと戦うような「非対称戦」であり、同じ土俵に上がってしまっては延々とモグラ叩きに付き合わされて、こちらが疲弊するだけ」。
早い話が、本職の学者や科学ジャーナリストが「ワクチンを打つと自閉症になる」「政府は危険性を隠している」「医師の利権」みたいなこと言う人たちの相手をいちいちしていられないのと大差ない構図か。
呉座先生って絶対激昂しないし(たぶん)言葉も丁寧だし論理的だし自分みたいなバカにも分かりやすい文章書かれるのになんで記事読むとこんなに背筋が冷えるんでしょうかね…
キレッキレすぎて痛快
性格の悪い感じがして最高です(めちゃくちゃ褒めてます)
この袈裟懸け感は凄い。
“トンデモ本の誤りを指摘する側は正確さを重視してきちんと調べなくてはならないので、トンデモ本を書く何倍も手間がかかる。あるトンデモ本を批判しているうちに、別のトンデモ本が次々と刊行されてしまう” /
いや~すごいなこれ。/
八幡氏ご本人が結構なトンデモだから仕方ない。
いや、ごめん、凄い。ここまで直截かつ簡潔にトンデモ本著者の思い違いを指摘する。やはり呉座さん、タダモノでない。八幡先生、それから、歴史学者はバカばかりだと信じてる方々、良く聞いた方がいい。
「歴史研究より商売の方が大事という姿勢の人間が書いた本に価値があるはずがないではないか」呉座さん凄いわ!まさに一刀両断!リンク先は必読!!
こう言う話題を煽れば、著者、反論者、出版社等々の儲けが出ると言うつまらない話です。
呉座さんの斬馬刀。 ◾︎
《歴史学者にとってトンデモ本との戦いは、ゲリラと戦うような「非対称戦」であり、同じ土俵に上がってしまっては延々とモグラ叩きに付き合わされて、こちらが疲弊するだけなのだ。したがって「こういう姿勢の本はダメ」という括り方をしないと歴史学者に勝ち目はない》
専門家が必ず正しいわけじゃないというのは当然だけど、専門家というもの自体を馬鹿にするような態度は専門の対象への向き合い方を示唆するものね。 /
八幡氏への反論:歴史学者のトンデモ本への向き合い方-
《百田尚樹氏の『日本国紀』の細かい事実誤認、不正確な叙述、不親切な説明などを一つ一つ数えていくと、100を超える。》《歴史学者にとってトンデモ本との戦いは、ゲリラと戦うような「非対称戦」》
一点だけと言いつつ刺してから得物をグリグリと掻き回す容赦無さ!
トンデモさんは自ら見つけた(と思ってる)アイデアに酔って検証が出来なくなる。検証しないから矢継ぎ早に発表出来るとと学会で知る
要するに過剰に歴史学者を攻撃している人は、本心では歴史の真実の探求などどうでも良く、炎上商法であろうと本さえ売れれば万々歳と思っているのだ。@八幡氏への反論:歴史学者のトンデモ本への向き合い方 –
の教科書かな()
>歴史学者にとってトンデモ本との戦いは、ゲリラと戦うような「非対称戦」であり

これは所謂「フェイクニュース」についても同様の事が言えるし、何よりそんなものを載せるメディア側の自浄機能が必要ですな。
ほんとこれ

本心では歴史の真実の探求などどうでも良く、炎上商法であろうと本さえ売れれば万々歳と思っているのだ。
「トンデモ本の誤りを指摘する側は正確さを重視してきちんと調べなくてはならないので、トンデモ本を書く何倍も手間がかかる。あるトンデモ本を批判しているうちに、別のトンデモ本が次々と刊行されてしまう。」
本当にご苦労さまです。
"トンデモ歴史本を書く人間は、「歴史学者は世間知らずの専門バカのくせにプライドばかりが高く外部の正当な意見を受け入れようとしない」と罵倒する。…歴史を研究する上で、歴史学界と全面戦争することは百害あって一利なしである。"

ほんとこれ
トンデモ本は正しいかどうかを気にせず「面白ければ良い」と書き散らすので、大量生産が可能である。「あくまで仮説」という言い逃れを使えれば生産量が飛躍的に向上する
呉座氏のような優秀な頭脳をトンデモ本対応で疲弊させることを、ほんとうにもったいないと私は思うのである。
いっちょかみマンに付き合う必要はないということ:
「残念ながら八幡氏にも、歴史学界を攻撃して自分を大きく見せたいという思惑があるように見受けられる」
ぐうの音も出ないと思うのだが、勝利宣言をして逃げるんだろうなあ。 "
「要するに過剰に歴史学者を攻撃している人は、本心では歴史の真実の探求などどうでも良く、炎上商法であろうと本さえ売れれば万々歳と思っているのだ。歴史研究より商売の方が大事という姿勢の人間が書いた本に価値があるはずがないではないか」
確かにトンデモ本に「反論」しようと思ったら、とんでもない量の反論材料が要るわな。正確な情報を出さなければいけないのだから。
八幡和郎、終焉。。(そもそも勝負にさえ全くなっていないわけだけど、これで完全にノックアウトされたという意味で)。
すごい(小並感)。正面からバッサリだ。
>「権威」である歴史学者を徹底的にこき下ろした方が、読者が痛快に思い、本が売れるからである

(´・ω・`)これで投了ですね
何故か中共のプロパガンダ歴史には向き合わないけどね>歴史学者
「つまり歴史学者にとってトンデモ本との戦いは、ゲリラと戦うような「非対称戦」であり、同じ土俵に上がってしまっては延々とモグラ叩きに付き合わされて、こちらが疲弊するだけなのだ。」
バッサリだなぁw
呉座氏「過剰に歴史学者を攻撃している人は、本心では歴史の真実の探求などどうでも良く、炎上商法であろうと本さえ売れれば万々歳と思っているのだ。歴史研究より商売の方が大事という姿勢の人間が書いた本に価値があるはずがない」
「つまり歴史学者にとってトンデモ本との戦いは、ゲリラと戦うような「非対称戦」」
いずこも同じですのう.
相変わらず呉座氏の筆は真っ直ぐで鋭い
徐々に刃が鋭くなってきた。八幡氏に対し、あなたの立ち位置は奈辺にあるのかと踏み込んでいるよう。
健闘をお祈りされちゃったよ?
「歴史学者の過半は元・歴史好き少年なので、歴史好きには概して優しい。」こういう表現がさらっと出てくるあたりは凄いなぁ、と関心はする。
これは一読の価値ある。「トンデモ本は正しいかどうかを気にせず『面白ければ良い』と書き散らすので、大量生産が可能である。『あくまで仮説』という言い逃れを使えれば生産量が飛躍的に向上する。…トンデモ本の誤りを指摘する側は…トンデモ本を書く何倍も手間がかかる。」
「過剰に歴史学者を攻撃している人は、本心では歴史の真実の探求などどうでも良く、炎上商法だろうと本さえ売れれば万々歳と思っているのだ。歴史研究より商売が大事という姿勢の人間が書いた本に価値があるはずがない」
以上

記事本文: 八幡氏への反論:歴史学者のトンデモ本への向き合い方 – アゴラ

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