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神戸新聞NEXT|総合|長崎の被爆伝える写真「黒焦げの少年」は同級生 生死分けた母の言葉

71コメント 登録日時:2018-08-09 07:49 | 神戸新聞キャッシュ

 2016年、長崎の被爆者らの間で、あるニュースが話題になった。長崎原爆資料館に展示され、被爆の悲惨な実相を伝える写真「黒焦げとなった少年」の身元が浮上したという。...

Twitterのコメント(71)

最後の一文に胸を突かれる。
神戸の人にも長崎のことを知ってもらえるの,うれしい
死ぬときは一緒に=母上のお覚悟 戦争は絶対NO!!
この記事をFacebookでシェアしたら、「コミュニティ規定」違反で削除され、3日間の書き込み禁止になりました。
今になって身元が判明?
まるで人形のようだと思った。でも記事を読んだら確かに生きていた。その時まで生きていた人だった…。
見たくないけど、こういう現実を見てしっかり受け止めることも大事。
グロ注意だけど最後の一文が……なかなかくるものがある
呑みながら泣いてしまった。原爆の悲劇。戦争は二度と起こしてはいけない。
最後のこの言葉に尽きる…😔☢️💧
 


「母が私を登校させなかったのは危険だからではない。『死ぬときは家族一緒に』との思いからだった。生き延びるためではなく、死の覚悟によって、結果的に命を救われたんです…」。。
息子「そろそろ旅行に行きたい」
私「今度はどこで何が見たい?」
息子「広島と長崎に行って原爆の資料館に行きたい」
私「どちらか、じゃなく?」
息子「両方に行きたい。それぞれどういう被害だったのか知りたいから」

あなたが行きたい場所、どこへでも連れてくよ。
ちょっとした判断で生死が分かれた広島、長崎原爆。
生命が助かっても被曝した事で苦しんでいる人達が沢山いる。
核は絶対に撲滅しなければならない。
@AbeShinzo 世界唯一の被爆国日本 広島・長崎で30万人近くの一非戦闘員の一般民がこの様にして亡くなったのです 安倍さん!!血の通った人間であれば 核反対と叫ぶのは当然の事です アメポチばかりで の本陣としての信念はどこに有るのですか 恥を知るべきです
昨日(8月9日(金))、FBに長崎で焼け死んだ少年の写真をアップした。ところが、その直後、その投稿は、FBによって削除された。FBの規約に触れるのだと言ふ。残酷な写真だからと言ふ理由らしい。では、その残酷な写真の光景をもたらしたのは、一体、何処の国だったのか?
「母が私を登校させなかったのは危険だからではない。『死ぬときは家族一緒に』
死の覚悟によって、結果的に命を救われたんです」
悲惨、凄惨な写真を隠す傾向にあるけど、こういったものはきちんと伝えないと。その上でどうするか、きちんと考えるべきだから。
最後の3行に言葉を失う記事 →
いろんな平和への議論もあっていいけど、この一枚の写真から核爆弾とは、戦争とは、核の抑止力とは、様々考えてみるのもいいんじゃないのかなと思う。
原爆の中心温度は約4百万度。表面温度は約百万度。拡散温度は5~6千度。爆風200m/s。
内閣府のビデオが役に立つ?地下避難は有効だが、次に来るのは黒い雨だ!
「母が私を登校させなかったのは危険だからではない。『死ぬときは家族一緒に』との思いからだった。生き延びるためではなく、死の覚悟によって、結果的に命を救われたんです」
世界中の人の目に一度でも入れば、、、
戦争を始めるのも、安全な場所でのうのうと生き延びるのも馬鹿なお偉いさんばかり。犠牲になるのは一般庶民。激しい怒りを感じる。現在の政権にも。
お母さんの判断の理由が泣けた。

旧制瓊浦中とは、大雑把にいうと今の長崎西高。昔は賢い学校だったのです。西高は、今で言うと(アホっぽいけど)長濱ねるの母校かと。想像して欲しい。---
「死の覚悟によって」という言葉の、あまりの重さ。
毎年この時期になるとこういう話題が出るけど、遠い昔の話ではないんやなぁと感じるわ。
この写真は前から知ってた。
けど、記事を読んで目眩がし血の気が引いた。
お兄様だと気づかれた妹さんの御心情もいかばかりか、、、

今の米国人にも全員に直視してほしい。

現在もウィグルで原爆実験をする支那が!

資金を与えてはならない!

「黒焦げの少年」は同級生
最後の一文が重い。
要約すれば地震も津波も、そして原爆投下も、『バックれた者が勝つ』訳です。
学校の規則以前に、災害時は「先に逃げた者が勝つ」のです。
ブラック企業と思ったら、バックれる事ですね:P
核兵器を手放さいということはこういうこと
2度と起こしてはいけないから
広島、長崎の街や人々の人生が一瞬にして焼かれた73年前。
未来で同じ過ちが繰り返されませんように…
つらいけど、こういう映像・画像から目を背けてはいけないと思う。
悲惨さを知らなければ、平和の尊さもわかるわけがないのだから。
「生き延びるためではなく、死の覚悟によって、結果的に命を救われたんです」
英語の試験日だった。平時なら夏休みのただ中だが2年生になれば軍需工場に動員されるため、川上さんら1年生は詰め込みで授業を受けていた。朝、空襲警報が鳴り.
母が私を登校させなかったのは危険だからではない。『死ぬときは家族一緒に』との思いからだった
この写真、小学校の時に掲示されててよく見たやつだけど、身元分かったんや。すげえ。70年の時を越えてやっと名前がわかるとは。医学の進歩たるや。
拡散希望
長崎の被爆伝える写真「黒焦げの少年」
"クラスが違ったため、名前を聞いてもぴんとこなかった。ただ、被爆による甲状腺機能低下症に悩まされながらも戦後を生き抜いてきた自身と、13歳で途絶えた谷崎さんの人生を重ね合わせると、言葉が見つからなかった"
この写真には衝撃を受けた!
「母が私を登校させなかったのは危険だからではない。『死ぬときは家族一緒に』との思いからだった。生き延びるためではなく、死の覚悟によって、結果的に命を救われたんです」
生死の境目ってほんの少しの事ではあるが…黙祷
本当にね、なんてことかと思う……『死ぬときは家族一緒に』と願わなければならなかった状況、もし、学校に行っていれば……それで生死が別れたなんて……→
今日は長崎。ご冥福をお祈りいたします
分かれた生死をどう捉えるべきか。川上さんは絞り出すように「運命のあや」と表現し、あの日、登校をやめさせた母の指示をかみしめる。
死ぬ時は家族と一緒に

胸に染みる
つい最近まで身元が分からなかった、と。
長崎の被爆伝える写真の少年は同級生
耐性ない人だとこの写真ヤバイかもなのにトップにあってビックリした
原爆記録の本持ってるから私は大丈夫だし本にこの写真あるから問題なし
◆ご冥福をお祈りいたします。
「母が私を登校させなかったのは危険だからではない。『死ぬときは家族一緒に』との思いからだった。」
「母が私を登校させなかったのは危険だからではない。『死ぬときは家族一緒に』との思いからだった。生き延びるためではなく、死の覚悟によって、結果的に命を救われたんです」
…『朝、空襲警報が鳴り、
母の「学校に行かんでいい」との言い付けに従った』
見るのもつらい方もいると思うが、これ以上の悲惨が73年前、現実にあったということは忘れてはならないと思う。
考えさせられた記事。
70年後、長崎市で原爆写真展で女性が写真の前で立ち止まった
全身炭の少年の遺体
存在は知っていた、改めてじっくり見たところ「兄と額の形が似ている」と
神戸新聞NEXT
70年間身元不明だった被爆犠牲者の有名な写真。近年法医学研究者による鑑定を行ったところ身元が判明したんだそうです。
>>「母が私を登校させなかったのは危険だからではない。『死ぬときは家族一緒に』との思いからだった。生き延びるためではなく、死の覚悟によって、結果的に命を救われたんです」

重いな、、
「母が私を登校させなかったのは危険だからではない。『死ぬときは家族一緒に』との思いからだった。生き延びるためではなく、死の覚悟によって結果的に命を救われた」
「 『死ぬときは家族一緒に』との思いからだった。生き延びるためではなく、死の覚悟によって、結果的に命を救われたんです」

「死ぬ時は家族一緒に」
戦火の中せめて一緒に死にたいと願った母。これが戦争。
それでも軍国化と核に進む政府。
もう過ぎ去りし過去の事、だがけっして忘れてはいけない悲劇。為政者の都合で犠牲になるのはいつの時代も慎ましく暮らす一般人。未だ戦火は絶えず人類は何も学ばぬ愚かな生き物か?😰
長崎、広島だけではない!戦争とは悲惨なものであり1秒で、世界の様相は変わる。日本も核を持つべきという櫻井よしこ、田母神氏。持ちたいけど、はっきり言えない安倍晋三。彼らの政策は、あなたやあなたの、大切な人が炭素化や身体が、バラバラになって亡くなるかもしれない。
ここでの悲劇が忘れ去られない事を願います
「母が私を登校させなかったのは『死ぬときは家族一緒に』との思い から。死の覚悟によって、結果的に命を救われたんです」
《 生死分けた母の言葉》
73年前、長崎で実際にあった光景です。
目をそらさず、見てください。
そして11時2分には一緒に黙祷してください。
以上

記事本文: 神戸新聞NEXT|総合|長崎の被爆伝える写真「黒焦げの少年」は同級生 生死分けた母の言葉

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