福島第二原発の奇跡

97コメント 登録日時:2014-05-31 12:19 | ハフィントン・ポストキャッシュ

2011年3月12日。東日本大震災による巨大津波の影響で、福島第一原発の一号機が水素爆発を起こしたちょうどその時。実は第一原発から直線距離にして、わずか12キロしか離れていない福島第二原発も、第一原発と同様の危機に直面していました。ひとつ間違えば、2つの原発が同時に爆発する可能性があった最悪の事態。福島第二原発ではどのように未曾有の危機を回避したのでしょうか。当時の第二原発所長、増田尚宏氏がその驚......

Twitterのコメント(97)

ちなみに、福島第二原発には数値解析の2倍の津波が来ても影響は無いと東電は2000年に電事連に報告していましたが、2011年3月の津波は福島第二の冷却機能や非常用発電機を壊し、原発は危機的状況となっていました。
マップでその辺りを見てたら全く結末が違った第一との差がなぜあったかと
こういうのももっと報道すべきで教訓にすべき
東京電力福島第一原子力発電所の事故は誰でも知ってますが実は第二原発でもそうとう危機的な状況であった事は知られていない。
危機を回避した原因は現場でのマニュアルに無い柔軟な対応と…

菅直人が行かなかった事。←ココ重要‼︎
福島第二原発の人達も必死に努力していたことを忘れないでください。
ここに書かれていることを検証なしに原発再稼働や推進する与党は犯罪的行為となる。動かすなら最低ここに書かれている程度の懸念を先に払拭する危機管理も出来ない脳無し与党なら原発動かす資格なし!!
あと、何故か今頃、福島第二原発の奇跡という記事が原発反対の方から流れてきた。


奇跡なんてある?
あれだけの地殻変動に耐えられたというのなら、もっと第二を映して安全アピールに利用するのでは?
奇跡というのは、安全策として問題があるということ。運が良かった悪かったで、住民の命が左右されている状況
「第二原発もメルトダウンの危機に瀕していたのです。4つある原子炉のうち、中でも1号機の原子炉建屋は地下に置かれた非常用ディーゼル発電機まで浸水し、3台すべて使えない状態。冷やす機能がまったくなくなってしまった」
福島第二原発、「想定外の対応」で、危機一髪で爆発を逃れた
参った 第二の燃料プールの汚染濃度がこれほどとは初耳だった
洗脳されていた 6年目にして泣くしかない

福島第二原発の奇跡
こういう現場の声を聞きたい

「実際には、津波というのは瓦礫を運んでくるんですよね。その瓦礫が(建屋内)の扉に当たって扉が変形すると。それによって中に水が入ってきた。そんなことは考えていなかった」
福島第二原発も、第一原発と同様の危機に直面していた。
どうして被害の程度が分かれたのかについての記事
第一原発と第二原発、2つの原発が爆発するという最悪の事態はこうして回避された
これだけギリギリの状態になった福島第2であの安全性軽視。
原発を停止していたとしても、何が起きるか判らず、備えあれば憂い無しの言葉を思い出して欲しいところです。
福島第二原発は外部電源が1系統だけ残ってたから津波の影響は受けたものの、大事故にはならなかったんだね。
それにしても、外部電源が来ているところから手作業で人海戦術で建屋まで電源ケーブルを引き込んだとはがんばったね…
第二も紙一重。というより電源さえあれば第一だってあんなことにはならなかった。 全停電対策ができていれば。
『福島第二原発の奇跡』(huff post)

すごすぎる…。少し前の記事だけど。福島第二原発がいかにして最悪の事態を免れたのか。当時の所長の生々しい証言。
第2原発もメルトダウン寸前であったという記事。
緊迫した現場で
命がけの働きをしてくれた方々に心から感謝!

こんなことはもう繰り返さないで!
わあ、当時あまり情報が出てこなかった記憶の福島第二だけど、危機一髪だったんだね。(汗)

災害は想定を超えるという現実。: # HuffPostJapan
こんな事実があるのにほかの原発が大丈夫なんてどうして言えるんだろう?→
@KazuhiroSoda 3月11日津波来襲時,福島第二原発の状況
「実際には、津波というのは瓦礫を運んでくるんですよね。その瓦礫が(建屋内)の扉に当たって扉が変形すると。それによって中に水が入ってきた。そんなことは考えていなかった」
第二原発は、外部電源から人力で800メートルの電線を引き、冷却機能を稼働させた。
門田氏などは故吉田所長を盛んに英雄視するが、この第二原発の増田所長は素晴らしい仕事をされたのに、なぜそれほど注目されなかったのだろう。比較すると吉田所長の不手際が目立つ恰好になるからか。
台風にかき消されている間に頻繁に地震もあった。思い出そう。→
既に日本語でありました。
福島第二原発ではどのように未曾有の危機を回避したのでしょうか。当時の第二原発所長、増田尚宏氏がその驚くべき状況について語りました。
今さらだけど読んだ。 ▶️
「中央制御室というのは、監視と操作というのは非常に大事な2つの役割になります。それがまったくできなかった福島第一と、しっかりできた福島第二は大きな差があったと思います」検証なくして再稼働という発想がもうダメ過ぎ。
やっぱ、設計がいろいろおかしかったと言うほかない。 →
「実際には、津波というのは瓦礫を運んでくるんですよね。その瓦礫が(建屋内)の扉
に当たって扉が変形すると。それによって中に水が入ってきた。そんなことは考えていなかった」
貴重な証言。奇跡だけではない。
福島の事故は最悪ではなかったのだと改めて思う。もっとひどい事態を奇跡的にまぬかれて今があるのだと。
「通常なら機械を使っても1カ月かかる作業を、わずか1日で成し遂げなければならなかった」
爆発しなかったのは良かったけれど、それは奇跡があったからなんて、対策としては爆発したものとして扱わないとダメですね。 /
いくつものヒントがここに
スタッフがやるべきことをきちんとやっただけの話。
これを奇跡とするなら、原発は再稼働するべきでない。
"マニュアルにない創造力を伴う現場対応/中央制御室の重要性/外部電源の位置"
"福二がメルトダウンを回避した経緯/安全管理について多くのポイント"
;『福島第二原発の奇跡』 - 長野智子/ @HuffPostJapan
詳しく報じられてる。 / (長野智子) 【HuffPost】
わずか12キロしか離れていない第二原発も、同様の危機に直面していた。2つの原発が同時に爆発する可能性があった最悪の事態。第二原発はどのように未曾有の危機を回避したのでしょうか
福島第二原発所長(当時)の証言:第一原発の爆発を見て決断、残された外部電源から2百人で建屋までケーブル引きベント予定2時間前に接続、メルトダウン回避。報道ステーションサンデー<=(ハフィントンポスト 2014/5/31 09:32)
運が良かったってことだね。その運を逃さずに、ケーブルを引っぱったことは敬服する。
>
html
【HUFFPOST】増田所長は危機管理マニュアルにない「想定外の行動」に踏み切る。800m離れた外部電源の1回線を、建屋まで人海戦術でケーブルを担ぎながら運ぶという指示。1日で成し遂げなければならない過酷なもの…
生き残った電源、私が建設に関わった高放射性廃棄物保管設備(プール)への電源だった。津波が押し寄せていたが、建屋内まで侵入しなかったようだ。しかし最後の一言はよけいだ。
ふむふむ RT @nagano_t 第二原発は危機直前にどうやってメルトダウンを回避したのか→福島第二原発の奇跡
涼しくなります。↓
@HuffPostJapan 福島第一原発と同様に、第二原発もメルトダウンの危機に瀕していた。
「実際には、津波というのは瓦礫を運んでくるんですよね。その瓦礫が扉に当たって扉が変形すると。それによって中に水が入ってきた。そんなことは考えていなかった」…災害は常に想定外 /
奇跡に頼らなければならぬとは・・・ → ハッフィンポスト5月30日
福島第二原発も爆発寸前の危機にあった。これは知らなかった。確かに津波は水流だけではなく瓦礫も運ぶ。考えさせられる。

@HuffPostJapan
[ハフィントンポスト]
『現在、第二原発における対応はおろか、第一原発事故の検証でさえ不十分なまま、再稼働の議論が進んでいます。原発の再稼働論議の前に、検証すべきことがまだまだ多く残ってるのではないでしょうか』
マニュアル通りやっていたら死んでいた。 その危機の十分な報道はあったか(いやない) / 第一原発から「退避した」650人は危機を脱した後に到着? /
33件のコメント
【福島第二原発の奇跡】ハフィントンポスト 

2011年3月12日。東日本大震災による津波の影響で、福島第一原発1号機が水素爆発を起こしたちょうどその時。実は福島第二原発も、第一原発と同様の危機に直面していました。
「奇跡」はわずかな偶然を生かす人間の知恵と努力が作るもの。「所長は危機管理マニュアルにない「想定外の行動」に踏み切り」生き残っていた外部電源1回戦のケーブルを200人の作業員で建屋へ引っ張った→
第一原発の一号機が水素爆発を起こしたちょうどその時。…福島第二原発も、第一原発と同様の危機に直面…しかし、現在、第二原発における対応はおろか、第一原発事故の検証でさえ不十分なまま、再稼働の議論が進んでいます。
「この時点で、福島第一原発と同様に、第二原発もメルトダウンの危機に瀕していたのです」
確かに奇跡。リスク管理のされていない怖ろしさ。  『 』
「奇跡」なんて題はやめてくれ。そんなものに頼らざるを得ない原発事故。原発そのものをやめてくれ。
31件のコメント
私が知らなかった話…
読むに値する。この増田氏のような人物がいつも指揮をとれるとも思えない。福一の吉田所長や彼が違う人だったり、咄嗟の判断ミスで日本の半分は人間が住めない土地になっていただろうな。
「想定外」の対応が救った。「運」も良かった。システムがカバーしたわけではなかった。
>「扉が変形すると。それによって中に水が入ってきた。そんなことは考えていなかった」「被災した外部電源4回線のうち1回線だけ生き残っていた」「第二原発は中央制御室の停電を免れていました」
第一の影に隠れてこんな事態になっていたとは。やっぱり人類には扱い切れていない気がする。
本当に脆い 安全神話の中に 原発が在る という事に思いが至る
そういえば福島第二のことはよく知らなかった。/
国会の事故調による比較を知りたい。何がどう違って、メルトダウンを防げたのか。
みんなの反応
当時の第二原発所長、増田尚宏氏の証言。
(51 users) 15件のコメント
現場での必死の努力が無ければ、第二も危なかったのか…。
- ハフィントンポスト
【ハフ】
風力発電、原発10基分1090万キロワットに 20年度目標【日経】
福島第1原発の「凍土遮水壁」、6月2日着工
福島「第"二"原発」も危機一髪だったわけな

津波というのは瓦礫を運んでくるんですよね。その瓦礫が(建屋内)の扉に当たって扉が変形すると。それによって中に水が入ってきた。そんなことは考えていなかった。
マニュアルは必要ないとは言わない。しかし、ときにマニュアルが事態を悪化させることがある現実を受け入れることが肝要。
「テレメンタリー2014」拝見しました。 RT @nagano_t 第一原発で水素爆発が起きていたとき、第二原発も同じような危機に直面してま(略)  
@packraty 311後福島第2原発も津波に襲われ電源喪失しメルトダウンを200人で夜通しで阻止したのは 「チーム増田」。 こちらに 詳しい内容が記されています。
津波が襲った瞬間、すでに想定外の事態は起きていたのです。津波が海辺に沿って並んだ、炉心を冷却する機能をもつ建屋内に侵入していました。
2011年3月12日。東日本大震災による巨大津波の影響で、福島第一原発の一号機が水素爆発を起こしたちょうどそ
これを読んだだけでも、今再稼働しか頭にないのは、正気の沙汰では無いこと明白。
もっとおおやけにして欲しい! 機転は素晴らしいが、奇跡に頼らないと使えないものなんてあっちゃいけない。  -
「実際には、津波というのは瓦礫を運んでくるんですよね。その瓦礫が(建屋内)の扉 に当たって扉が変形すると。それによって中に水が入ってきた。そんなことは考えていなかった」
マニュアルでは対応できないことが起こるからこそ、指揮をとる人間のとっさの判断がいかに重要かがわかる。そして奇跡などはめったに起こらないのだから、早くすべてを廃炉にするしかないのです。 @HuffPostJapan
2Fの収束対応を検証・紹介し事故対策のハード・ソフト両面の重要性を伝えるのかと思いきや、再稼働反対世論を煽るために使う残念な報道ステーションらしい記事 /
福島第2原発も危機一髪であったことを静かに振り返りましょう。
想像力と決断力だね(o^-')b →
吉田調書は隠蔽されるが増田所長は話す。"@nagano_t 第一原発で水素爆発が起きていたとき、第二原発も同じような危機に直面してました。メルトダウンの危機をどう回避したのか→
当時の福島第二原発所長、増田尚宏氏がその驚くべき状況について語りました /
@HuffPostJapan F2を守った人は賞賛されるべき。なのにF1だけが欠陥炉扱いする論調はおかしい。
「増田所長は危機管理マニュアルにない「想定外の行動」に踏み切りました。なんと800メートルも離れた外部電源の1回線を、建屋まで人海戦術でケーブルを担ぎながら運ぶという指示です。」
以上

記事本文: 福島第二原発の奇跡

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