東大生5人に暴行されたのは“勘違い女“だったのか。 小説『彼女は頭が悪いから』が私たちに突きつけるもの

112コメント 登録日時:2018-09-29 09:58 | ハフィントン・ポストキャッシュ

コスパ至上主義がもたらしたものとはーー...

Twitterのコメント(112)

今の社会は、beingではなくdoingで判断される。行動や結果がすべてだとされる。そういう尺度でしか人をみていないな、と感じる人にはたくさんであってきた。/
読んで見たいと思うけど、怖いのもあるし、すごくすごく疲弊しそうでつい先延ばしに…読了後に熱出そう_:(´ཀ`」 ∠):
今回のミスター慶應の猥褻事件もコレと同類か?(単なる酒乱馬鹿って気もするが)/
これ、そういえば誰かがブログで紹介してて気になってたんですよね。
beingとdoingか。この「うったえ」を英語で二項対立的なコンセプトで説明することも矮小化にならないだろうか?それともそれほど日本がアメリカ化したということか?
まだ未読だった、読まなきゃな…。>
加害者たちには一ミリも共感できる要素ないけど、この記述については些か疑義がある。どうなんだろう……/「内省」や「感情の言語化」といった行為は、彼らにとって無駄なこと(中略)実用性のないことは、コスパが悪い。そういうことを考えないからこそ、彼らは東大に入れた/
卒論が終わったら読もう。。
"ハイパーdoing人間"か、すごく納得のいくワードだな。かえって beingの意味をじっくり味わうことができた。「ただ生きていること」自体が尊重される社会に。
東大生5人に暴行されたのは"勘違い女"だったのか。 小説『彼女は頭が悪いから』が私たちに突きつけるもの
読んでみたい。
うむむ…。
「ふつう」というbeingは、「白馬の王子様が現れることを夢想し、好きな人に嫌われることを恐れ、相手の無茶な要求に応え、受け身で、自己評価は低い」ことなのか?
最短距離で「正解」にたどり着くことでdoing社会を勝ち抜いてきた彼らにとって、美咲のbeingに思いをはせる時間は無意味に等しい。彼らはなぜ美咲が「泣いた」のか、永遠にわかることはないのだろう。】
"「内省」や「感情の言語化」といった行為は、彼らにとって無駄なことだからだ。明確な答えが出ないこと、考えたところで実用性のないことは、コスパが悪い。そういうことを考えないから"皆がそうとは思わないけど / "東大生5人に暴行され…"
気になってはいたけど、読むのが怖い一冊。
あのジャーナリスト事件と違うのは、一対多というもの。
一対一なら被害者の非が考えられるが、一対多では被害者の非は無きに等しい。
頭がよくても人としてダメな奴は成敗されるべき。
世の中に頭がいいやつなんていっぱいいるのだから。
東大王にでるような学生さんに読んでいただきたい。
「東大生みたいなスキルフルゴーレムは私たちを人間扱いしてくれない!」みたいな滑稽味ある記事だった

>なぜなら「内省」や「感情の言語化」といった行為は、彼らにとって無駄なことだからだ。
既に購入してあり、いざ読もうとすると怖くて開けない。自分の子育ての両極。書評ばかり読んでビビってる。
こいつはある意味凄い小説かも…。ただ、読んで楽しい気分にはならないかも知れない。考えさせられる感じ?-----
東大ブランドに奢るバカと、人間的にクズい奴についていく見る目のないバカ。という今の感想がどう変わるか興味があるから読もうと思う。姫野カオルコ、久々に読む!
"姫野さんは、最初から宣言しているのだ。このおぞましい事件が起きた背景には、事件に関わる一人ひとりが、社会の中で積み重ねてきた人生があると" /
小説をしばらく手にしていないけど、時間ができたら読んで見たい作品。この記事を読んでやはり読みたいと思った。高学歴の『ハイパーdoing人間』に限らず、人の中にある〈他者に対する見下す心と尊重する心のあり方〉、それについて考えてみたい。
beingとhuman doingという考え方がすごくしっくりきた。
doingという視点からの指摘は興味深い。
ISISに殺害された後藤さんの時もそう。この国の『自己責任』論は『クソ』という表現が最も相応しいと思う。
これは読まないと。
交わることがない、理解し合うことがない分断が其処此処にある。
権力持ってりゃ何しても許されるという勘違いこそ問題よの
この小説はkindleで読んだ。かなりリアルで、大学在学当時の男子学生の何人かを思い出した。人に頭を下げず、マーケットの人気も売上も必要ないプライドの高い人間が陥ってしまう想像力のなさという点ではカバノー氏とも通ずる所がある。辛すぎるから紙の本では買えなかった。
ハフポスト 発、 世の中には多くの歪があるが、それを勝手な理屈で批判をしたり、時に傷つき嘆くだけではいけない。歪は私達が見過ごし思慮無く選んだ結果との自覚が大切。 /
ネット上でしょっちゅう行われる学歴や年収カードバトル(マウント合戦)の行きつく果てだと今なら思う。当時はバッシングされる意味が分からなかった
Doingのみで価値が決められる世の中に対して疑問を抱くことは正常
「内省」や「感情の言語化」といった行為は、彼らにとって無駄なことだからだ。明確な答えが出ないこと、考えたところで実用性のないことは、コスパが悪い。そういうことを考えないからこそ、彼らは東大に入れたのだと、姫野さんも繰り返し述べている
東大生による集団レイプ・・・そしてコスパの関係・・・そして衝撃のタイトル。
"明確な答えが出ないこと、考えたところで実用性のないことは、コスパが悪い。そういうことを考えないからこそ、彼らは東大に入れたのだと、姫野さんも繰り返し述べている。"
>出会った相手がたまたま東大生で、その頭の良さに尊敬の眼差しを向けたとして何がおかしいのか。

好きな人に嫌われることを恐れ相手の無茶な要求に応えようとしたことの何がおかしいのか。

それがなぜ東大生ブランド目当てという「下心」になってしまうのか。

確かに…
怖くて本書は読めないので、他力本願になってしまうけれど。__
すごい気になる…!
彼らはなぜ美咲が「泣いた」のか、永遠にわかることはないのだろう。
東大で学んでいても、とても大切なことが抜け落ちている人たち…を見る思いがする💧
これは被害者に了解取ったのかな。取ってないならこの本書いた人も犯人と一緒。
早稲田のインカレサークルにいるとこの雰囲気はすごく感じる。doingによるカースト制があって「あいつら(他大女子)バカなんだからバカにしたっていいじゃん」という価値観が普通に横行している。めちゃくちゃキモい。/
良い書評。とかく同一視されがちな「教育」と「訓練」。しかしながら「訓練」は「教育」のごく一部に過ぎないという事実を改めて考えさせられる。

「『内省』や『感情の言語化』といった行為は、彼らにとって無駄なことだからだ。」ある意味人間ではない、とも言える。→
う〜ん、重いですね
現代の無常を感じます
東大王という名のクイズがある。TVに蔓延する「日本すごい」に通じるものがそこにあると感じていたが。読むべき本。
よんで怪説して!!(^^Men動だから。。。
>何をしてきたのか、何ができるのか、何を持っているのか。現代社会はそんな眼差しで私たち人間の価値を計ってくる
『可視化や定量化のできるdoingばかりに囚われ、他者のbeingを、そして自分のbeingすらも疎かにしがちな私たちは、そんな自分の姿をはたして直視することができるのか』
「美咲のbeingを丁寧に描き、彼女を徹底的に"人間として扱う"ことが姫野さんの怒りの表明だったのではないかと私には感じられた」
これぞ小説家の仕事。 /
5人の東大生が体現した「可視化や定量化のできるdoingばかりに囚われ、他者のbeingを、そして自分のbeingすらも疎かにする」人生観・人間観は、ひと昔前の学歴信仰とはだいぶ様相が違うようですね。成果主義の成れの果てみたいで、葛藤なき人間観にはぞっとします。
"しかし、悲しいかな、加害者や加害者の親たちに、この怒りは響かないだろうという絶望も(作者の姫野カオルコは)同時に描いている。なぜなら「内省」や「感情の言語化」といった行為は、彼らにとって無駄なことだからだ"

清田隆之
これ読みたいのにブックオフで出会えてない。
凄まじい
"なぜなら「内省」や「感情の言語化」といった行為は、彼らにとって無駄なことだからだ。明確な答えが出ないこと、考えたところで実用性のないことは、コスパが悪い。"
doing知らない言葉だった。考えさせられる。
桃山商事の清田さん。素晴らしい書評ですね。今の世のもやーっとイヤな価値観を言い当ててます。
最近本は図書館に出てから借りてでしか読まないけど物凄く読みたい
これはちょっと読みたい
胸に突き刺さる書評。この本を買ってみようと思います。

"最短距離で「正解」にたどり着くことでdoing社会を勝ち抜いてきた彼らにとって、美咲のbeingに思いをはせる時間は無意味に等しい。"
高学歴男子学生が、偏差値が低い女子学生をキャバクラ要員や肉袋扱いしていいと思っている節があるの、めちゃくちゃわかる!何故そういう発想になるのだろう?→
小島慶子さんのTWから記事見たけど、性犯罪って同じ構図なのかも。♀であるからこそ小説読む→
興味深い書評(興味深いというのも微妙なテーマなのですが)。
Human being(人となりや倫理観)よりもHuman doing(実績とその結果としての肩書き)が評価される世の中、というのは分析としてその通り...
緊張して本にも触れられない...きっと心がすごく動くだろうから
/
丁寧にコメントつけようとすると時間かかるな、と思ってしまう俺こそがdoing思考にそまっているのかも。拙い言葉ですみませんが、読んで良かったです。読むべき。
どういうわけか世間では、「東大生というブランド目当てに近づいただったのか。 小説『彼女は頭が悪いから』が私たちに突きつけるもの
まあどっかで頭悪くないと今の東大ははいれないというのはあるかもしれない。 >
今一番読みたくて、勇気がふるいきれない本→
あらすじだけでつらい
これ桃山商事の清田さんが書いたのか。
作品はフィクションではあるが、姫野カオルコさんが傍聴等を通じて感じたグロテスクさはコンクリ詰めのアレと通底してんだなと思った。人生のベクトルは別方向でもメンタリティは大差ないと思える。
勘違いをしているのは被害者の女性では全く無いが、その一方ではそうではないという世間があるのだという。怒りを持って書いたというこの作品を読んでみたい。
まさに鏡。この通りの人間でした(もう過去にして大丈夫だと思ってる)。
これなー。出てるのは知ってたけど、読む勇気が起きない(辛そうで)。
加害者や加害者の親たちに、この怒りは響かないだろうという絶望も同時に描いている。\\なぜなら「内省」や「感情の言語化」といった行為は、彼らにとって無駄なことだからだ。明確な答えが出ないこと、考えたところで実用性のないことは、コスパが悪い。
生産性トピにつながる貴重な記事と思うためシェア
ちょっとこれは読みたい。
小説の元になった事件は「勘違い女が東大生の人生を台無しにした」のではなく「勘違い東大生が女子大生の人生を台無しにした」というもの。バッシングした奴らも醜悪。
女→男へのハラスメント笑い事のされるのに、逆は重罪の扱いだよな。
だったら純正漫湖なんか相手にしない事に限るわ。
そうやって未婚化草食化加速してるんだよな。
婚活バカ女は女の責任。
コスパのワルいことを切り捨てて、いきてきたから東大に入れた。……か、確かに。な。読んでみたいこの本( ̄○ ̄)
偏差値では評価できない「人格」の大事さを再認識させられる。命の価値に差があるとしたら、この「人格」の差であろう。
作者の凄まじい怒りが伝わる小説。ただ、その怒りは淡々と、あくまで被害者を「普通の人」と繰り返しいうことで表現される。普通が優秀に被害を受けると叩かれる社会。
beingとdoingか、考えさせられる

文系理系みたいなもんか…答えのはっきりしないもの無視するのは構わないけど、世の中は答えのはっきりしないものも多いからな
気になる。→
「あなたはどんな人か」よりも「何をしてきたか」が問われる世の中は、人を「機能」として見ているのかも。だからこんな事件も起きるのかなぁ
____
絶対読みたい。
『「内省」や「感情の言語化」といった行為は、彼らにとって無駄なことだからだ。明確な答えが出ないこと、考えたところで実用性のないことは、コスパが悪い。そういうことを考えないからこそ、彼らは東大に入れたのだ』
これは気になる。。センセーショナル。。
勘違い、勘違いとは何か。

doing偏重社会で見失ったものは何か。

桃山商事の清田隆之さん渾身の寄稿です。本当にこの本は読む者の価値観をあぶりだす"ミラー小説"です。

小説『彼女は頭が悪いから』が突きつけるもの
人とは何か?
人の何を見るか?
この小説ずっと気になっていて、でも怖くてまだ手に取れていない。
読まねば。
これは絶対に、読むに値する小説だと思った。→
タイトルでガーンと殴られたような衝撃を受けた。小説読んでみたい。
"彼女を徹底的に"人間として扱う"ことが姫野さんの怒りの表明だったのではないか"/
「私はこのふたつ( being と human doing)の区別が大事だと思っている。なぜならこの社会は、圧倒的にdoing重視だ。」

とてもわかりやすいし納得です。
doingも大事だけど beingのがプライオリティは高い。今の自分にとって当たり前の考えは、いつからそうなったのか、なにがきっかけだったのか、はたまた最初からそうだったのか、記憶にない。
いじめっ子がイケメンとか頭が良かったりしたら「あの子がそんな事~」「かっこいいから許しなよ」とか言われたりする。似てるけど事件はそれより酷い……。
お前は何をなしてきたのかどういう能力を持っているのかと常に追い立てる現代社会にいつも違和感を感じていた。普通に生きることの何が悪いのか。
テストの点数が良いこと、効率良く物事を進められること。一見すごいことのように見えるけど、本当は大したことない。カレーとスパゲティどちらが美味しいか、ぐらい大したことない。

クソ東大生には皆で「ツッコミ」を入れるしかない。空気を読まず、突っ込んでいこう。
この小説あとで読む。
何でもかんでも、クソ男のおこないを女のせいにするこの国の体質には反吐が出る。
ものすごく胸糞悪い話なんですが、非正規が長いと、世の中はマウンティングの泥試合で見下ろせる相手には心がなく何しても許されると言う風潮がはびこっているのもよく分かる。納得はしないですが

小説『彼女は頭が悪いから
勉強が出来ても、人として優しさがない人いるよね。
ハフポストで『彼女は頭が悪いから』の書評を書きました。「東大ブランド目当てに近づいたが前途有望な東大生たちの将来を台なしにした」と絶望的な被害者バッシングが起きたこの事件ですが、なぜ「台なし」という言葉が出てきたのか、その背景について考えました。
出会った相手がたまたま東大生で、その頭の良さに尊敬の眼差しを向けたとして、何がおかしいのか。好きな人に嫌われることを恐れ、相手の無茶な要求に応えようとしたことの、何がおかしいのか。それがなぜ東大生ブランド目当てという「下心」になってしまうのか。
記事を読むだけで苦しく強い感情が湧く。涙も出る。誰かのbeingに想いを馳せることは時間の無駄というdoingの人。価値観?届かない気持ち。読了できる自信がない、
東大生5人の罪は重い。それでも、事件が起きてしまう背景には、コスパ史上主義の世界を思考停止状態で受け入れている私たちがいるのではないか…。

長らく恋愛やジェンダーの問題に向き合ってきた桃山商事の清田隆之さん(@momoyama_radio)に書いていただきました。
以上

記事本文: 東大生5人に暴行されたのは“勘違い女“だったのか。 小説『彼女は頭が悪いから』が私たちに突きつけるもの

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