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「新潮45」問題を考える:杉田論文、自分なら載せますか? 元週刊現代編集長、元木昌彦さんに聞いた - 毎日新聞

14コメント 登録日時:2018-10-11 18:34 | 毎日新聞キャッシュ

 性的少数者を「生産性がない」などと書いた杉田水脈衆院議員の寄稿を載せ、それを擁護する特集を組んだ「新潮45」が、「休刊」の名のもと、十分な検証のなされぬままに事実上廃刊となった。今回の件で、雑誌文化とノンフィクションの行方を憂える人がいる。「ヘアヌード」の仕掛け人で、1990年代には「週刊現代」の...

Twitterのコメント(14)

いいなあ、これ。
もっとも、責任の所在は、書き手かメディアかという議論は今後も続けなくてはならない。実は責任転嫁の連鎖なのだよね、この問題
雑誌編集者としての「基本」が欠如していた。長い間、雑誌編集者をやっていた私も同感です。→
「いかに巧みに人権侵害するか」なんてはなしはどうでもいいよ。/
「暴論で世間にケンカを売るときには、それが世に出たときに起こるだろう批判にどう対処するのか、発表前に準備しておくべきで、これは雑誌づくりのイロハです」
「雑誌1冊が消えるということは、読者が消えるということです。(中略)読者だけではない。編集者も書き手も消える」/「新潮45」問題を考える:杉田論文、自分なら載せますか?
元週刊現代編集長、元木昌彦さんに聞いた|毎日新聞
「新潮45」問題を考える:あなたなら載せますか?  . 「小川氏の「痴漢擁護」原稿などは暴論も暴論。「杉田論文」よりはるかにひどい。企画自体を断念する、という選択だってあったはずです」。
「まず、載せるか載せないのかを判断する。載せるならどのような形で載せるかを検討する。そして、反論や批判が出た時、次号でどう展開するかの計画を立て、第2弾、第3弾を入念に用意する。そこまでやらなきゃダメなんです」
雑誌に思い入れのある私としては、昨今の週刊誌がどんどん「老人雑誌」や「健康雑誌」になっていくのは寂しいです、、、<中略>安易な「休刊」の判断には、問題があると思います。
暴論で世間にケンカを売るときには、それが世に出たときに起こるだろう批判にどう対処するのか、発表前に準備しておくべきで、これは雑誌づくりのイロハです──。

新潮45問題を考える:「私なら載せません」
興味深い
「どのような形で載せるかを検討する。反論や批判が出た時、次号でどう展開するかの計画を立て、第2弾、第3弾を入念に用意する。そこまでやらなきゃダメなんです」

新潮45問題を考える:「私なら載せません」
◆個別の雑誌なり編集長の問題に帰結させようと必死だな。◆これは"新潮社"のガバナンスの問題なんですよ。
「私なら載せません」
「新潮45は最初リベラルな大物筆者に原稿を依頼したのではないでしょうか。「こんな人でも『杉田論文』を擁護するのか!」と読者に思わせる必要があるからです。しかし誰も書いてくれる人がいなかったんでしょう」
:「私なら載せません」
以上

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