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ブログ:続続・日本人と死の覚悟| ロイター

22コメント 登録日時:2017-05-14 09:12 | ロイター.co.jpキャッシュ

森 佳子[東京 14日 ロイター] - 「2025年問題」と呼ばれる壁に日本が突き当たるまであと7年半。2025年には、団塊の世代が全員75歳以上の後期高齢者となり、国民の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上という、国家というコミュニティーにとって未踏の領域に達する。高齢化に伴う医療費や介護費などの社会保障費の急増が懸念されている。「国民の健康寿命が延伸する社会」の実現を掲げる厚生労働省...

Twitterのコメント(22)

「死を考えることは、「死に方」を考えることではなく、いのちが有限であることを視野の片隅において、それまでをどう生きるかを考えることだ。」
裁判所のせいだよ→「私たち医者はこれまで、まれな、かなり特異なケースを前面に押し出し、素人判断で様子を見ていて重篤になったらどうするのか、万一こじらせて手遅れになったらどうするのか、など業界を挙げて国民を脅し、思考停止状態にしてきた」
すごく身に沁みる。。
とっとと自分だけ死ねばいいのに。【
「修繕に出す前よりひどい状態になっているにも関わらず、公然とカネを受け取って、引きとれと堂々と言える業界は、他にはない」と中村氏は言う。
自力でものが食べられなくなったら寿命(が来た)との考えを、年寄りのあいだの合意にすること。できれば穏やかに死んでみせて、決して死は恐ろしいものではないのだと、後輩たちに示すこと
食べれなくなったら死ぬ、か… -
(・・)平均寿命と健康寿命の間は、荒行ですか(’^‘)
「2025年問題を解決する要は、自力でものが食べられなくなったら寿命(が来た)との考えを、年寄りのあいだの合意にすること。そして、できれば穏やかに死んでみせて、決して死は恐ろしいものではないのだと、後輩たちに示すこと」
ちょっとびっくりするくらい正直で、でも考えさせられる良い記事。

@Reuters_co_jpから
<食べられなくなったら寿命>
石原慎太郎がつねづね、老人ははよ死ねみたいな持論をふりかざしていたが、自分が老人となった今、彼はどう考えているのか。朝から散歩して健康に気をつかっているようだが。😎
「介護の拷問」にぐさっと来た。介護を受けて施設に入っている父を見ていて、「「健康寿命が尽きた後」の要介護状態をどう生きるか」がいつも問われる。核家族化を望んだ父母だが、最後は施設の世話になるだった。 / "ブログ:続続・日本人と…"
管やらなんやら繋がれて、強制的に死んではいない状態にはされなくないな。
「・・・自力でものが食べられなくなったら寿命(が来た)との考えを、年寄りのあいだの合意にすること。そして、できれば穏やかに死んでみせて、決して死は恐ろしいものではないのだと、後輩たちに示すこと
延命治療はやめて早く死ね、で2025年問題を正面突破せよ、と医師。清々しい、わけないやろ。

@Reuters_co_jpから
ずっと感じていた割り切れなさがこのことだったりする。死に向かう生き物としてのあたりまえの姿からの距離のある暗さ、湿っぽい溝を覗き込んでいるやるせなさだとか。私は自分で食べることができなくなったら寿命なのだと思っているが。
@Reuters_co_jpより 常々思うのは人は生きる権利と同時に死ぬ権利もあるということ。生きてるだけが幸せではないし、ここで全うしたというタイミングで自由に自分の生死を決めても良いのではないか
「2025年問題を解決する要は、自力でものが食べられなくなったら寿命との考えを、年寄りのあいだの合意にすること。そして、できれば穏やかに死んでみせて、決して死は恐ろしいものではないのだと、後輩たちに示すこと」/続続・日本人と死の覚悟
⇧現場にいたときに散々思い知らされた現実です。
@Reuters_co_jpより

なるほどなぁ。
自力で食べられなくなったら寿命かぁ。
死を考えることは、「死に方」を考えることではなく、いのちが有限であることを視野の片隅において、それまでをどう生きるかを考えることだ。

・・・とても重い言葉だ。
以上

記事本文: ブログ:続続・日本人と死の覚悟| ロイター

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