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一揆はほんとうに「進歩的な勢力」が担っていたのか?(呉座 勇一) | 現代新書 | 講談社(1/3)

56コメント 登録日時:2018-08-10 07:24 | 現代ビジネス[講談社]キャッシュ

40万部を超えるベストセラー『応仁の乱』、そして今年3月発売の『陰謀の日本中世史』など、話題作を連発する気鋭の歴史学者が、一揆を題材に、戦後歴史学をとらえなおす! 『戦乱と民衆』発売記念エッセイ!...

Twitterのコメント(56)

なんでこんな穴だらけの代物が堂々と出てるんですか?
多少なりとも過去に出た論考を読んでいたら、こんな阿呆な結論になるわけないんですけど、これ書いた人って、世間的には「マトモなガクシャ」扱いなの?
『なぜ一揆研究は戦後歴史学の王道だったのか。それは、戦後歴史学が「階級闘争史観」に立脚していたためである』

『階級闘争は共産主義の基本的な概念で、非常に単純化して説明すると、階級社会において被支配階級が支配階級による搾取を拒否するために
あんまり関係ないけれど「百姓」って放送コードにひっかかるんじゃなかったっけ?

あわせて読みたい。
そうそう、大学の時結構時間取って一揆のこと勉強したなあ。そのころはまだ戦後歴史学的な影響がまだあったのかも。
マルクス史観的には農民が権利を獲得していく過程として当初

著者にマルクス史観嫌い傾向が強いのは考慮すべき
『戦乱と民衆』(磯田道史+倉本一宏+F・クレインス+呉座勇一著、講談社現代新書、8月21日発売予定)
3ページ目の共産主義革命の先駆けとしての太平天国の乱への高評価の話が、『狼火は上海に揚る』を考えるにあたって興味ぶかい/
反体制だったというだけで暴徒や賊をヒーローのように扱う、というのは世界でも結構あったことだが、おかしなことだ。
なんだ、現代の反政府デモ界隈と同じか。

《村での暮らしが成り立たなくなった食いつめ者、村に居場所を失った鼻つまみ者が少なからず土一揆に参加していたと考えられる。》
「戦後歴史学は土一揆も町衆も共に高く評価したが両者は手を取り合って権力に抵抗したわけではない。むしろ両者は敵対関係にあった」そらそうだが、それをいったら「デモやストは迷惑」って話と一緒。個々の社会運動の利害対立を強調し変革の可能性を否定しすぎではなかんべか
みてた:
「進歩的」がなにか, 知識に依拠するのでその点不勉強でちょっとあいまいだけれど楽しい記事. 不当にふるまう権力とそれに対抗する民衆ではないというのは, 今も当時も人は人っていう感じがする.
戦後歴史学者の一部は、歴史学ではなく、歴史をネタにした階級闘争理論を書いてた夢想家としか云い様が無い。
ところで疑問なんですが、今どき一揆を進歩勢力だと主張する研究者っていますのん? それと、研究史の話だとすれば、学生運動の写真を捨てカットに使うのは不適切では。~
オモチロイ(水木しげる風)
一揆が暴徒と一緒なら、混乱した京都は正に北斗の拳の世界だ。
"それはやはり強弁だろう。この論法が成り立つなら、盗賊や悪党も「進歩的」な勢力ということになってしまう。"
呉座先生とは似たような年代。学部のころはむしろ階級闘争史観たたく議論山もりで、90年代には定説から外れてた雰囲気と記憶してるけど違ったかな。

その後の社会史がらみとか「一揆の原理」では議論されてるみたいだけど、ここでは言及無いので藁人形叩きに感じてしまう。
「むしろ一揆は民衆と対立していた」という話。しかし「『応仁の乱』『陰謀の日本中世史』などヒット作を連発する歴史学者」ってすごい字面
「多種多様な一揆の中で特に重視されたのが、百姓による一揆、すなわち農民闘争であった。」年貢減免を農民闘争の成果にされると、気候変動による農業被害が捨象されてしまうので困るんだよな。
@naruseyanoken1 一揆や米騒動も、報復だ。闇雲に商人や権力者を襲うのでなく、悪徳者を襲うのだ。
しかし、室町期は、守護や地頭と、荘園へ寄進した土地と国衙の土地が入り乱れ、百姓は、自力救済を掲げ、講をつくり、支配者と戦う。
江戸後期は、大規模なデモンストレーション的だ。
階級闘争史観では階級間の闘争にばかり目を向けて、同階級の争いについては特に考えられていなかったってことなのかな。実際は同階級でこそいがみ合いが多発してそうなものだけども。
私は腐ってもパヨク。マルクス主義史観で気がついたことと間違えたことの両方に意味があると思う。下手すると抵抗はゴロツキのやることと言いたいようにも見える。
教科書に書いてあるレベルの話でドヤ顔されてもなあ。山城国一揆や加賀の一向一揆には触れないし。江戸時代の一揆にも触れない。 / "一揆はほんとうに「進歩的な勢力」が担っていたのか?(呉座 勇一) | 現代新書 | 講談社(1/3)"
これほどに、学校で教わるのと実態が異なるものってなかったなぁ。調べるほどに面白い。 ⇒
興味深い話だなぁ。中高生の時は単純に農民経済の成長により…みたいな話が中心だったが、この視点は戦国時代への繋がり、背景の線がより見えやすい。
アメリカのデモのドサクサに店を襲ったりするノリに近いのか
もちろんそうだろう。ただし、それも「必ずしも」そうではないし、「しばしば」違っていた訳でもない。
長い歴史の一場面だけ引っ張り出して論じてる我田引水のしょうもない記事だね。
一揆は階級闘争じゃなく条件闘争だよなぁと。
階級闘争史観 分かる やっと戦国時代だ 戦国大名だって 歴史の授業で期待してたら 農民は大変だったって話しされてガッカリだった
室町時代って面白い。「戦後歴史学は土一揆も町衆も共に高く評価したが、両者は手を取り合って権力に抵抗したわけではない。むしろ両者は敵対関係にあったのである」
今の反体制ゲリラとよーく似とるやん
「七人の侍」では百姓が襲い来る野武士に抵抗したが、土一揆では町衆が襲い来る暴徒化した百姓達に抵抗したのか!
いやはや歴史は面白い。
土一揆参加者の主流が地域社会からはみ出した
食い詰め者や鼻つまみ者なのは
ある意味今自分が「進歩的」だと思い込んでる人達と
一致してるようなのは気のせいモミ?
>要は流民であり、寄せ集めであるがゆえに土一揆は暴徒化しやすかった(以上引用)
この一文、【現代闘争史】(←そういう分野があるかどうか分かんないけど)として見ても引っ掛かる所が
気鋭の歴史学者が戦後歴史学に挑む (呉座勇一) 【現代ビジネス】
イメージ:住民説明会を糾弾の場にしてしまう人たち(個人の感想です)
北岡伸一氏は秩父事件を最後っ屁と言っていたが、それと多分に通じる。
呉座先生の一揆の構成員に対する「村での暮らしが成り立たなくなった食いつめ者、村に居場所を失った鼻つまみ者」という言葉はシンゴジラの巨災対を思い出す。
そもそも「進歩的」な勢力とそうでない勢力がある、という考え方自体が「進歩主義」に毒された見方な気がするな……
天安門事件と似ている気がする
昔見た、国内のデモ?暴動?を思い出して、なんか腑に落ちた。
〉『一揆は必ずしも「進歩的」な勢力ではない。民衆が一揆を結び権力に立ち向かったという階級闘争史観は、歴史的事実としばしば矛盾する』

はい。デモしてる連中みればわかりますね
呉座さんの記事、かつて陳勝呉広の乱が「中国史上初めての農民反乱」と位置付けられていたことも想起される。近年では柴田昇さんが『漢帝国成立前史』(オススメ)で反乱の担い手として「少年」に注目されている。
「村での暮らしが成り立たなくなった食いつめ者、村に居場所を失った鼻つまみ者が少なからず土一揆に参加していたと考えられる」
「土一揆が暴徒化した場合、盗賊と大差ない。土一揆は必ずしも反権力の集団ではなく、民衆の敵になることもあるのだ」
「階級闘争史観においては、一揆は歴史の発展に貢献する「進歩的」な勢力と礼賛された」
歴史学に限らず戦後は階級闘争と捉える風潮が強かったんだろうな
呉座勇一氏:

「つまり階級闘争史観においては、一揆は歴史の発展に貢献する「進歩的」な勢力と礼賛されたのだ。」

カムイ伝に出てくる一揆はまさにそんな捉え方だったなー
戦後西側陣営についていた日本で共産主義が流行ってたと言う話を聞くたびにすごい違和感と言うかねじれ感を覚える
抜粋。
・敗戦後、共産主義が流行→一揆は階級闘争、歴史の発展、進歩→実際に一揆を行ったのは村民全体ではなく、村の食い詰め者、鼻つまみ者→誰彼問わず京都を略奪した単なる暴徒
階級闘争史観は根深いからなぁ。先入観にとらわれずに歴史を捉え直すことが必要。 / "一揆はほんとうに「進歩的な勢力」が担っていたのか?(呉座 勇一) | 現代新書 | 講談社(1/3)"
階級闘争史観は権力側を絶対悪として見てしまうから、いろんな点で目が曇るのも仕方ないよね。
「民衆が一揆を結び権力に立ち向かったという階級闘争史観は、歴史的事実としばしば矛盾する。戦乱と民衆の関係は、一筋縄ではいかない複雑なものなのだ」
以上

記事本文: 一揆はほんとうに「進歩的な勢力」が担っていたのか?(呉座 勇一) | 現代新書 | 講談社(1/3)

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