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近藤誠氏との対峙の仕方

25コメント 登録日時:2017-11-09 19:20 | BLOGOSキャッシュ

以下、記憶を頼りに書いていて、裏を取っていないのでまちがってたら教えてください。近藤誠氏と当時のがん治療のオピニオンリーダーたち(外科医)の論争を読んだのはぼくがアメリカで内科研修医をしていた1990年代後半だったように思う。近藤氏はがんもどきの存在を主張し、...

Twitterのコメント(25)

"科学者を鍛えるのは対話である。他者の意見を聞いて、自分の意見をブラッシュアップしていくのが弁証法である。近藤氏と対話するのは、このころは彼の信者だけになっていたのだろう。科学者から宗教団体の教祖...
良記事。ずいぶん前になるが、医学生のときに外科を周り、実習で学んだ症例のまとめを、ということで、抗がん剤の有効性を比較した発表をした。当時の教授はEBMが大嫌いで、なぜかすごく怒られたのを思い出す。 /
(今ごろ言われても)近藤氏の指摘通り「がんもどき」は存在するのだ。あれを全面否定、人格攻撃してしまった日本のがん学術界の罪は大きい。あれで近藤氏は引きこもり、医療者の言葉に耳を貸すことはなくなった /
当初は科学的な見知も持ち合わせていたのか… /
なるほど。
>内海聡などは最初から斜め上の議論を弄んで周囲を撹乱する確信犯的トリックスター(医学界の長谷川豊みたいなものだ)なので、まあ、なんというか、仕方がないと思う。けれども、今の近藤氏を作った責任の一端は日本の医学界にある。
"とはいえ、近藤氏の当時の見解には拝聴すべき点が多々あった。あれを黙殺、全面否定、人格攻撃してしまった日本のがん学術界の罪は大きい" /
読んで良かった。
かつて自分の意見を全く聞いてもらえず対話も成立しなかった経験が、他の医者への不信と対話の拒否に繋がってるって話か。 >
文春にボツか無視されたという事か
>この文章は本丸の「文藝春秋」に寄稿した。ボツになるか、黙殺されたら他の媒体から発表する予定だ。
そうなんか…なんか、自分も考えないと…って感じや。 /
「科学者を鍛えるのは対話である」
その通りだ。
わたしも全面的に支持します。
お前がエビデンス書いてやれや。ただの風評垂れ流すのは勘弁やでホンマ。 /
ちょうどその頃だが、大学時代の恩師(物理)が「医学は学問じゃない。職人だ。」と言っていたのを今でも思い出す。
『90年代の日本の臨床医学はどの領域も概ね「学問」の体をなしていなかった。』
90年から00年代辺りまでで近藤医師が「おかしく」なったのは分かった。
意見は見るべきものがあるが、もう無理だろう。
実践を伴う仕事でエビデンスの取り方がおかしくなった、というのは論理的思考力がないのとほぼ変わらんから。
→岩田健太郎氏いわく、『科学者から宗教団体の教祖に転じた近藤氏は、もはやサイエンティストの言葉と論理を失ってしまった』、ただ彼にまだ聞く耳があれば対話は続けるとのこと。
近藤誠氏は日本がん医学界の螺旋王ロージェノムだったのか。 /
対立構造が明確になり、海より深い溝ができてしまったら、相手に対する働きかけはどうするか、どのようにすれば良いのか、ということについては考えることあるよね。
近藤誠氏も最初はマトモで、遅れていた当時の日本の医学界がああいうふうに追い込んだのか。
"近藤氏と学術界が真摯に謙虚に誠実に対話していれば、今のような悲惨は回避できていたと僕は思う。近藤氏の言葉を聞いてくれるのは編集者と患者だけだ。彼はそちらの世界に逃げてしまった" /
"日本に「老害」が多いのは対話を欠き、演説しかない日本医学界の構造的問題である。" /
そう、全否定すると罠にハマる。
岩田健太郎氏の記事。 /
"90年代の日本の臨床医学はどの領域も概ね「学問」の体をなしていなかった。" /
以上

記事本文: 近藤誠氏との対峙の仕方

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